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    <title>(c)揚羽の蝶</title>
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    <language>ja</language>
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    <pubDate>Mon, 28 Jan 2008 21:12:01 +0900</pubDate>
    <item>
      <title>地球最期の日31</title>
      <link>https://agehacho.asablo.jp/blog/2008/01/28/2585636</link>
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      <pubDate>Mon, 28 Jan 2008 21:10:51 +0900</pubDate>
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      <dcterms:created>2008-01-28T21:12:01+09:00</dcterms:created>
      <description>第十三章&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　ホワイトハウスは悪辣さではフセイン前政権に優るとも劣らないバクダッド共和国政権の打倒を決した。国連はアメリカ合衆国のこの計画を全会一致で承認していた。国連が全会一致でアメリカ合衆国の計画を承認するなどは古今未曾有の出来事であった。イランでさえインドの事件を目の当たりに見ていては、なお、半信半疑ながら保険として賛成せざるを得なかった。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　人類のみならず、哺乳類、爬虫類、両生類などほとんどすべての生物を絶滅しかねない陰謀を企んだ政権をこのままにしておくことはできない。それが国連の意志でもあった。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　これまでアメリカ合衆国はあの砂漠の国に何度か煮え湯を飲まされていた。それは合衆国自身の拙劣な軍事計画のためでもあった。中途半端な軍事介入、兵力の逐次投入などがそれである。兵力は一気に集中的に投入しなくてはならない。ゲリラに悩まされているのも、民間人の中に紛れるゲリラの武装解除ができていないからである。アメリカ合衆国は同盟諸国とともにその持てる兵力の全力を一気に投入、首都バクダッドを落とすと同時に、バクダッド共和国内の全地域に渡る民間レベルの武装解除を行なう大軍事計画を立てた。これには同盟国の協力は必須であった。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　アメリカ合衆国第七艦隊は事実上の母港横須賀を出港、既にペルシャ湾口に近づきつつあった。同盟国トルコ・インジルリックＮＡＴＯ空軍基地、ドイツ・ライン・マイン米空軍基地、イタリア・アビアノＮＡＴＯ空軍基地からは空対地ステルス巡航ミサイルＪＡＳＳＭを搭載した空軍機がバクダッド共和国めざして飛び立った。首都バクダッドは、南北から、そして空と海から、空を覆ういなごの大群のように押し寄せてくる巡航ミサイルに見舞われることになる。この攻撃が終了したあとには、バクダッド共和国の砂漠には、一千億円ものミサイルの残骸が山積みになるだろう。バクダッドの陸上兵力を、これら精密測位ＧＰＳチップを装備する巡航ミサイルでピンポイント攻撃し、完膚無きまでに叩いた後、トルコ、クエート、サウジアラビアから多国籍地上部隊が進攻する。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　その日の未明、南北の陸上基地、航空母艦、更に上空の戦闘機から発射された超精密誘導型巡航ミサイルの群は一斉にバクダッド共和国内の政府官邸、軍事基地に襲い掛かった。バクダッド共和国は闘わずして陥落した。この国の独裁者は口先ばかりの連中なのだ。巡航ミサイルによる攻撃が終わるや、トルコ、クエート、サウジアラビアから機甲化地上部隊が進攻していった。半日の攻撃でバクダッド共和国全土は制圧された。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　多国籍軍が行わなければならないことは、何をおいてもまず検疫であった。機甲化地上部隊と共に進駐してきた輜重部隊はＤＮＡチップをも大量に運び込んでいた。バクダッド共和国内の各地で、直ちに、ＤＮＡチップによるエボラ大腸菌の汚染程度が調べられた。予測されたことであるが、この国自身も全土に渡って汚染されていた。天に向って唾するとはこのことである。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　直ちにシロップ状にされたバクテリオ・ファージの投与が始まった。空からの散布も、錠剤の配布もこの国では行なわれない。指定された多国籍軍キャンプに身分証明を持参して現れた者だけにシロップがその場で投与される。持ち帰ることはできない。ただし、女子と子供は身分証明の有無に拘わらず投与が許可された。これはゲリラを炙り出す作戦である。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　一ヵ月後、エボラ出血熱で血まみれになって死ぬか、あるいは、多国籍軍に投降するか二つに一つの選択であった。アメリカは当然、このシロップの効果の仕組みを極秘にしていた。バクテリオ・ファージであることが知られれば、それに積極的に感染して助かる道が開けるからである。シロップを飲んだ人間の唾液でも舐めればバクテリオ・ファージに感染することができる。これは絶対に知られてはならなかった。選択肢は他にないと思わせることが、この作戦が有効になる必須条件であるからだ。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　だから、この砂漠の国では、バクテリオ・ファージの空中散布も行わない。エボラ出血熱の恐怖は、毎日テレビ映像として放映された。もし、シロップの投与を受けなければ、一ヵ月後、エボラが発症する。命知らずの連中といえども無駄に死ぬことを欲しなかった。爆弾を抱いて自爆テロを行なえるのは、命のあるあと一ヵ月の間だけである。その間にテロを行なうか、無為にエボラに食い苛まれるか、それとも投降するか。テロを行なおうにも同盟軍の守りはあまりに強固であった。期限のある防備は楽である。誰何を無視して突っ込んでくる人間、車は無条件で攻撃せよと命令が下っていた。一般の市民は、今回、自分達の命をも奪ったであろう暴挙に憤慨していた。テロは起きなかった。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　一ヶ月が経った。世界のどこにもエボラ出血熱発生の情報は無かった。無事に危機を乗り切ったのだ。&#13;&lt;br&gt;
　サブウ首相、ハルブ参謀長を始めとするバクダッド共和国首脳はついに現れなかった。巡航ミサイル攻撃で死んだか、あるいは、どこかの地下壕で自分達の作ったエボラによって血にまみれて野たれ死んだと思われた。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　新生バクダッドにもようやく平和が訪れた。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
地球最期の日　了&lt;br&gt;
</description>
      <dc:subject>小説</dc:subject>
    </item>
    <item>
      <title>地球最期の日30</title>
      <link>https://agehacho.asablo.jp/blog/2008/01/22/2573440</link>
      <guid>https://agehacho.asablo.jp/blog/2008/01/22/2573440</guid>
      <pubDate>Tue, 22 Jan 2008 20:02:49 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2008-01-22T20:03:43+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2008-01-22T20:03:43+09:00</dcterms:created>
      <description>２&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　インド・チェンナイの事件は、ＷＨＯにとっては腑に落ちないことであった。エボラ大腸菌が発症するまでにはまだ三ヶ月は優にあるはずであった。今は、まだ潜伏期なのだ。京都大学の京泉教授がそう請合った。彼に間違いがあったのだろうか？この事件は、ＷＨＯから合衆国保健省、そしてＣＤＣに時をおかず伝えられた。ＣＤＣに緊張が走った。これが事実なら、世界のあちこちで同じ事件が今日にでも起きる可能性がある。京泉教授がエボラ大腸菌の遺伝子の修飾部分を読み違えたのではないか。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　ホワイトハウスは、この報告に非常な危機感と興味をもった。これは本来、合衆国で起きるはずの事件であったからである。直ちにＮＩＨとＣＤＣの合同会議がベセスダのＮＩＨで開かれた。そこでは、京泉情報の信頼性が議題となった。もし、彼の解読が間違っていたら、チェンナイと同じ事件が合衆国でも、そして全世界で起きる可能性がある。それが同時多発どころか、合衆国で一斉におきては、まだ、対処法ができていない。チェンナイが狭い地域であったから、今も封鎖と抗生剤で何とか対応できているというが、合衆国全域では封鎖も何もないのである。チェンナイもいつまで保つかわからない。インド全域に広がるかもしれない。そうなれば、パキスタン、バングラデシュ、チベット、そしてヒマラヤを越えて、中国に至るのはわけはない。そこには少なく見積もっても十三億の人間がひしめいているのだ。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　ＣＤＣ副センター長ジェームズ・クレイマーは、ＮＩＨが無条件で京泉情報を信じていることが気に入らなかった。ＮＩＨがＣＤＣをさしおいて主導的になっていることも気にいらなかった。この事態に現場で対処しているのはＣＤＣであって、ＮＩＨではないではないか。どうしてＣＤＣがＮＩＨの学者先生ふぜいの風下に立たなければならないのかと内心憤慨していた。この種の権威的な人間というものはどこにでもいるものだ。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　ＮＩＨのビルディング３１の一室では合同対策会議が開かれていた。会議は最初から緊迫した状況であった。&#13;&lt;br&gt;
「ＮＩＨの報告では、このエボラ大腸菌は発見時点で半年の潜伏期があったはずですな。それがまだ三ヶ月はあるという今、なぜインドで発症したのですか。ＮＩＨではその評価をどうお考えでしょうか？」&#13;&lt;br&gt;
　ジェームズ・クレイマーＣＤＣ副センター長は嫌味な聞き方をした。&#13;&lt;br&gt;
「インドのエボラ事件が、我々が把握しているエボラ大腸菌によるものかどうかは、今のところ分かっておりません。偶然、この時期に別の類似のエボラが発症しただけかもしれません。あるいは、別の陰謀で同じような事件が起きたのかもしれません。まず、それを調査しなけれ議論にならないと思います。今日の会議もその為のものかと思っております」&#13;&lt;br&gt;
　ケリー・フランシス・ヒトゲノム研究所長が答えた。&#13;&lt;br&gt;
「そうは言っても、このインドの件は大腸菌によるものと報告されていますぞ。そんな偶然がそうそうあるでしょうかな。それを、そうやって、のんびりと調査とやらをしている間に、この国でもエボラが発症しないとも限らないんではないですか？」&#13;&lt;br&gt;
「それに関しては、京泉教授の評価があります。彼は遺伝子の修飾を直接読んで半年と結論したのです。他に方法がないのであれば、彼を信頼するしかないではないですか」&#13;&lt;br&gt;
「彼は神ではない。間違うということもあるでしょう。もし、間違っていたら、大変なことになるとは思いませんか。万が一、明日、合衆国でエボラ大腸菌によるエボラ出血熱が発生したら、あなた方はどう責任をとるつもりですか？」&#13;&lt;br&gt;
「クレイーマーさん。あなたのおっしゃる通りかもしれません。京泉教授も間違うことはあるでしょう。しかし、このエボラ大腸菌を発見し、その対策まで考えてくれたのは、他ならぬ彼なのですよ。彼がこの大腸菌を発見してくれていなかったなら、そもそもこの会議さえ我々は持つことはなかった。何が世界で起きているかもわからず、ただ、呆然と事態を見ているより他なかったのではないですか？エボラがこの国でも発症する日まで何も知らずのんきに暮らしていたでしょうね。我々は、残念ながら、この点ではまったくの無力だったのです。彼は我々、我々とはＮＩＨのことですが、より一歩進んでいます。我々も何時かは彼に追いつき、彼を追い越すことを目標に掲げています。しかし、今は率直に彼に頼るしかありません。それともなんですか、ＣＤＣには、もっと良い案がおありですか？」&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　イーサン・ハートＮＩＨ所長がケリーを援護した。クレイマーの横柄な口調に対して慇懃な口調だった。ＣＤＣに名案などあるわけがないことは百も承知の上である。この件に関してＮＩＨにない名案がＣＤＣにあるわけがないのである。&#13;&lt;br&gt;
「いや、私は何も京泉教授を責めているわけではない」クレイマーＣＤＣ副センター長は受け手に廻って弁解した。「しかし、もし、半年説が間違っていた場合、どうするんだね。対策はあるのかね？」弱気な質問に変わった。&#13;&lt;br&gt;
「局所的な発生には抗生剤で対処しましょう。インドでやっていることです。それから、発生があちこちで起こるようなことがあれば、今、できているバクテリオ・ファージをそれらの地に配布していきます。それで応急的には対処できると思います」&#13;&lt;br&gt;
　ケリーが答えた。しかし、これは本来、ＮＩＨではなくＣＤＣ自身が答えるべきことである。伝染病の統御は、疾病管理・予防センターという名の示すようにＣＤＣの責任範囲なのだ。&#13;&lt;br&gt;
「バクテリオ・ファージは十分な量できているのかね？」&#13;&lt;br&gt;
「十分とは言いかねますが、抗生剤との併用でなんとかなると思います。それに、京泉説が誤っているという証拠はまだないのですよ」&#13;&lt;br&gt;
　ケリーには姪のように可愛がっていたリュドミラが嫁いでいる京泉にどうしても思い入れがある。&#13;&lt;br&gt;
「とにかく、エボラの発生を厳重に監視しましょう。ＣＤＣはその監視に当たってください。我々は、インドの事件の原因を探求します」&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　イーサン・ハートＮＩＨ所長が結論を下した。&#13;&lt;br&gt;
　ただちに、合衆国全土の州保健局、医療機関、空港、港、鉄道に対して、エボラ類似症例のレポートをＣＤＣ緊急オペレーション・センター・エボラ大腸菌調査チームに直接送るよう要請が出された。これまでにもエボラの疑いがある患者が訪れた場合、臨床医はその地区の保健当局に報告するよう通達がだされている。エボラの早期発症という不測事態に対抗する、これは、コンテンジェンシー・プランであった。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　ＣＤＣ緊急オペレーション・センターの部隊はインドに飛んだ。問題の患者の大腸菌を入手するためである。それをもって、彼らは今度は日本に飛ぶことになっている。ＣＤＣはホワイトハウスを通じて日本政府に、またＮＩＨを通じて京泉教授にこの事件を報告し、調査協力を要請した。当然のごとくに、協力を惜しまない旨の回答が双方から届いた。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　インドで採取したエボラ大腸菌を抱えたＣＤＣ緊急オペレーション・センター要員はインド・チェンナイから即日、シンガポール経由で関西国際空港に向った。彼らにとっては忙しい時間が続く。ワシントンＤＣからルフトハンザでインド・チェンナイに飛ぶには二十一時間を要した。そこから、休む間もなく日本に十二時間かけて飛ぶのだ。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　関空には厚生省の係官が大阪府警のパトカーを従えて出迎えていた。総理府官房の意を受けた厚生労働省から警察庁に協力要請を行ったのである。二台のパトカーは緊急走行で左京区吉田本町の京都大学に向った。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　京都大学生命科学研究科の実験室で、インドから届けられた大腸菌のゲノムが抽出され、塩基配列が決定された。そのデータは直ちに京泉教授に届けられた。京泉の検査により、このインドから来たエボラ大腸菌の遺伝子は、彼とリュドミラが発見したものと同じ遺伝子特徴を持つものであること。潜伏期を延長する塩基配列が切断されて無効になっていることが判明した。潜伏期は０になっていたのだ。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　なぜ、そのようなことが起きたのか？このような現象が突然変異で無作為に起きるとすれば、発症まであと三ヶ月あるなどとのんびりしたことを言ってはいられなくなる。直ちに、バクテリオ・ファージによる殺菌作戦を実施しなけらばならない。しかし、それには製造上の問題があった。昼夜兼行で作っても全地球生命に対応できる量になるにはもう四、五週間はかかる。こんなに早く発症することは予期されていないのだ。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　この患者に特異な環境はなかったかどうか、ＣＤＣからインド保健家族省に問い合わせが行なわれた。その結果、この大腸菌を持っていた患者は発症の三日前に放射能に被爆していたという情報がもたらされた。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
「まったく、どうしてすべての情報を上げてこないんだ」&#13;&lt;br&gt;
　ＣＤＣ緊急オペレーション・センターは、インドの官僚体制の非能率性を呪った。&#13;&lt;br&gt;
　原因は単純であった。放射能によりエボラ大腸菌のゲノムが損傷を受けたのである。その結果、潜伏期を延ばしていた遺伝子部分が切断され、エボラ遺伝子は拘束を失って直ちに発症したのだった。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　この事実は、ＷＨＯにもたらされた。各国政府は安堵の溜め息を付いた。インドの場合は、特殊な状況であった。しかし、放射線を扱う部門は、今後、特に注意を要する旨の通達がだされた。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　インド保健家族省から抗生剤の供給を要請されたＷＨＯは、国際赤十字社を通じて世界主要国に抗生剤の提供を求めた。世界の製薬会社は、今、抗生剤の製造をフル稼働で行っている。しかし、それを無料で提供する訳にはいかない。製造原価は厳然として存在しているのだ。合衆国、ＥＵ、日本政府はインドへの政府レベルでの資金援助を決定した。日本は例によって合衆国から多額の資金拠出を要請され、例によってそれを飲んだ。この国には自己の意思がないようであった。民間レベルでは、インターネット、携帯電話を使っての「インドに薬を」キャンペーンが展開された。製薬会社は政府からの要請を受けて、工場出荷価格での抗生剤提供を涙ながらに飲んだ。ここで薬九層倍の貪欲な精神を発揮しては世論から袋叩きに合いかねない。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　チェンナイとその周辺地域には大量の抗生剤が、北アメリカ、日本、欧州から連日のように航空便で届けられた。危機は克服されたのだ。ラジの妻も二人の子供も、まだ毒性蛋白濃度の低い間に大腸菌を殺菌するためのセフェム系抗生剤を投与され、峠を乗り越えていた。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　このエボラ大腸菌の危険性は、一挙に大量の人間が、究極的には地球全人類が、一斉に発症を起こした時に危険なのであり、散発的に発症する分には抗生剤で対抗できるので、発見さえ早ければ、それほど危険ではないのである。しかし、それでは、すぐにまた周りから感染するだろう。いたちごっこになり、最後は人類が負ける。これはロバートのコンピュータ・シュミレーションが証明したことであり、その危険はまだ去っていない。バクテリオ・ファージが大量に備蓄できるまでは、まだ、安心はできないのだ。&lt;br&gt;
</description>
      <dc:subject>小説</dc:subject>
    </item>
    <item>
      <title>地球最期の日29</title>
      <link>https://agehacho.asablo.jp/blog/2008/01/20/2570026</link>
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      <pubDate>Sun, 20 Jan 2008 22:00:37 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2008-01-23T21:10:28+09:00</dcterms:modified>
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      <description>　二日が経った。ラグヴァラン夫婦の熱は下がるどころか、一層酷い症状になっていた。体中に内出血を示す紫斑ができ、粘膜という粘膜はひどい充血を呈していた。目は真っ赤に充血していた。それどころではない。彼らに接した看護士や医師達が高熱を発しだしたのだ。この時になって、病院はようやくこれが重篤な未知の伝染性疾病であると認識した。病棟は殺菌され、ラグヴァラン夫妻と彼らに接触した医師、看護士は隔離された。事態は保健所に報告され、ラグヴァラン夫妻の自宅の殺菌と家族の隔離が決定された。彼らには二人の子供がいる。保健所の消毒隊がラグヴァラン家に到着したが子供たちはいなかった。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
「学校だ」&#13;&lt;br&gt;
　隊員の一人が言った。&#13;&lt;br&gt;
「連絡しろ」&#13;&lt;br&gt;
　隊長が命令したが、どこの学校かまでは調べていなかった。&#13;&lt;br&gt;
「隣で訊いて来い」&#13;&lt;br&gt;
　隊員の一人がラグヴァラン家の隣家に走った。&#13;&lt;br&gt;
「一昨日から留守で誰もいないそうです。子供たちの学校は聞いてきました」&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　隊長はすぐに学校に連絡をとった。二人は一昨日、学校で倒れてそのまま病院に運ばれていることがわかった。隊長は二人が運び込まれた病院に連絡をとった。そして、彼らが原因不明の伝染病に罹患している恐れのあること、彼らと、彼らに接触した人間は直ちに隔離し、彼らが触れた物はすべて殺菌の必要があることを告げた。更に、子供たちに接触した人間を追跡調査する必要があることも告げた。これは原因不明の疫病であって、病原体はいまだ見つかっていない。速やかな隔離以外になす術がないことを説明した。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　チェンナイは大騒ぎになった。インドは十一億の人口がひしめいている国である。隔離を実行する前に多くの人々が街に出てしまっていた。果たして伝染を食い止められるか、チェンナイ保健所は直ちに対策会議を結成した。ただ、本当に伝染病かどうかはいまのところ、まだわからない。なにしろ病原体が特定できていないのだ。保険所長は伝染病でないことを祈った。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　二つの病院の職員の追跡調査は悲惨な結果になった。彼らは病院内で外来の不特定多数の他の患者たちに接しているだけでなく、アフター・ファイブは人があふれるダウンタウンに出ていた。インドの市街は人で満ちている。こんな状況で隔離とか追跡などはもう何の意味もなかった。もともとコレラやペストと同居している国だ。運を天に任せる以外になくなった。保険所長は事態をチェンナイ市長に報告だけはしておいた。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　翌朝、ラジ・ラグヴァランの容態は一層深刻化していた。体表面は内出血が満遍なく行き渡り、目や鼻の粘膜部は、血を垂れ流し始めていた。手の施しようがなかった。この症状を見て、医師団はこれが出血熱ではないかとようやく疑い始めた。インドの片隅にアフリカの片隅の病気がどのようにして伝わってくることができるのか？いくら飛行機があると行っても、世界の大都会パリからロンドンに伝わるのとはまったく状況が異なる。医師団には予想もつかないことであった。しかし、出血熱であることを確認する検査薬はこの病院にはなかった。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　医師達は、ザイールのエボラ出血熱騒動を思い出して背筋が寒くなった。彼らは文献でしかあの事件は知らない。しかし、あの事件では、医療関係者が患者のウィルスに感染して夥しく死んでいることだけは良く心得ていた。更に、この出血熱は新種の病原体である可能性さえある。いずれにしても、それに対処する方法を彼らは持っていなかった。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　何はともあれ、この事件は保健所からインド保健家族省に報告され、ニューデリーの国立病院は出血熱の試験薬をすべての種類、チェンナイに空輸するように要請された。到着した全検査薬はラジとマヒーマに適用された。しかし、マールブルク、エボラ、ニューハンターを始めとするどの検査薬も陰性を示すだけであった。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　医師団が手をこまねいている中、ラジは翌朝息を引き取った。遺体はすぐさま原因究明のため解剖にふされた。解剖に当たった医師団はラジを開腹して息を飲んだ。腹腔内には血が溢れかえっていたのだ。出血熱であることは明らかだった。血液のサンプルは電子顕微鏡で精査された。しかし、そこには出血熱ウィルスどころか、何の有意なウィルスの影も発見されなかった。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　医師団は焦った。このままでは治療法が見つけられない。次はラジの妻、マヒーマが危ない。子供たちも同様だ。それどころではない。チェンナイ中が危ないのである。あるいは全インドが既に危機に陥っているかもしれない。患者を隔離しているといっても気休めにすぎず、隔離する以前に漏れ出た病原体が隔離の外側から医師達に襲いかかってくるかもしれないのだ。医師達は恐怖に戦慄した。すでに、この病院でもラジに接触していた何人かの看護士達が発熱を始めている。粘膜は赤味を増しているのだ。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　インドは宗教に結びついたカースト制のため、不可触民という最貧民クラスの人々が一億人もいる。特に、ここ南部インドではカーストは確固とした根を張っている。この人達の衛生状態は非常に悪い。いや、悪いとか良いとかというレベルの問題ではない。「衛生」などという概念は、はなからないのだ。彼らが住むスラムで伝染病が発生すれば手の施しようがなくなる。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　インドは多民族国家である。日本も、太古には、ユーラシア大陸の片隅にある小さな島として当然、多民族であったはずである。ユーラシア大陸の北はシベリアから、南はベトナム、カンボジアに至る地域から、あるいは楼蘭のようなシルクロードの砂漠の街々から、更に太平洋のハワイ、グアム、ミクロネシアを始めとする島々から、多くの人々がこの暮らし易い島に吹き寄せられてきて生活を始めた。が、有史以前に血が交じり合ってしまい、その結果、どの言語族とも深い関係が見つからない孤立した言語として新たな日本語が発生し、それに連れて大和文化が発生した。そして、この島国に住む多民族の人々は、それらの言語と文化を共通に持つことができたために、多民族であったことなど忘れてしまって単一民族だなどと思い込んでいる。インドは、白人の一種であるアーリア人がこの国に侵入し、ドラビダ民族などの先住民を圧迫し、カースト制を敷いて彼らをカースト外の不可触民とし、その制度を宗教と結びつけてしまったために、今に至るもカースト制が社会に根付いてしまっているのである。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　マヒーマは、免疫が男のラジより強いのか、幸いにしてまだ悪化の程度が低くすんでいた。しかし、それもいつまで持つか予断を許さない。チェンナイ保健所は、全力で市内の状況を調べ続けた。スラムでは、発熱するものがそろそろ出始めていた。栄養状態が悪く、従って免疫が弱いものが発症し始めたのだ。心配したことが現実になり始めた。警察と軍が出動して、患者が発生している地域を立ち入り禁止にした。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　しかし、相変わらず医師団は有効な治療法を持たなかった。病原体が発見されないからだ。しかし、症状から判断して、出血熱であることだけは確実であった。このままの状況が続けば何人の者がラジの後に続くかわからない。マールブルクにしろ、エボラにしろ病原体がウィルスなら、ワクチンしか治療法がない。ワクチンはウィルスに対して選択的である。マールブルク出血熱ウィルス用のワクチンはエボラ出血熱ウィルスには何の効き目もない。病原体が特定できなくてはどうしようもないのである。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　チェンナイ保健所は、前回の報告からの経過を、保健家族省に報告した。保健家族省は、この、出血熱らしい伝生性の疾病の発生をＷＨＯに報告した。また、「お前の国は衛生状態が悪いから変な伝染病がでるのだ」と言われるがおちで、あまり気がすすまなかったが、ウィルス性出血熱を疑う伝染病の発生では報告しておかないと、あとで何かあっては世界の笑い者になる。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　報告を受けたＷＨＯは大騒ぎになった。エボラ大腸菌の情報は各国政府、国際赤十字に通知してあるではないか。インドはそれを見逃しているのか？これは明らかにエボラ大腸菌の症状である。エボラウィルスの遺伝子が作る毒性蛋白は血液の中に見つかるが、ウィルスはどこにも見つからないのだ。多少の大腸菌叢の増加が見られるだけである。チェンナイの病院では血液中に病原体が見つからず出血熱のような症状だけが現れ、死者まで出ているのである。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　ＷＨＯは再度、インド保健家族省にエボラ大腸菌の脅威に関する通達を出した。この病気では、エボラ出血熱と同じ症状がでるが、ウィルスは発見されない。治療法は単純で、大腸菌に有効な抗生剤の投与でよい。最新のセフェム系製剤は特に有効であるが、それがない場合、旧型抗生剤であるペニシリンでもテトラサイクリンでもよい。ＷＨＯからインド保健家族省に通常の大腸菌に対する治療を行なうように勧告が出た。国連の官僚にしては驚くべきことに、ＷＨＯの対応は迅速であった。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　医師団は、マヒーマ・ラグヴァランにセフェム系抗生剤を投与した。抗生剤なら病院にも相当量の備蓄がある。子供たちを始め全入院患者にもありったけの抗生剤が投与された。血液内に既に存在している毒は消せない。それは自身の免疫力に頼るしかない。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　マヒーマ・ラグヴァランとその子供たちは一命を取り留めた。抗生剤の効き目は劇的であった。こうして、抗生剤という武器をもった医師団は安堵の溜息をついた。なにしろ、薬剤を持たない医師は、弾の入っていないピストル同然である。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　医師団は次の難問に突き当たった。病原体が大腸菌であると、素手と水でトイレでの排泄後の処理をするこの国では、大腸菌の蔓延を防ぐ事はほとんど不可能事なのである。左手は不浄の手であるが、その手の存在が大きく医師団にのし掛かってきた。この国では、平常時でも、毎年四、五十万人もの人々が下痢で命を失っているのである。十一億もの人々の手についた大腸菌は次から次へと感染していく。一体どうやって、その感染を止め得るのか。抗生剤の量がインド国内にあるものでは圧倒的に足りないことは火を見るより明白であった。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　チェンナイのスラムでは、エボラ大腸菌が静かに蔓延していった。軒並み病人が出ていたのである。しかし、不可触民は病院などにいくことはできない。家の中でひっそりと死を迎えるだけである。この国では、そんなことは日常茶飯事なのである。誰も気に留める者はいない。ただ、この伝染病では、死ぬのは一人や二人ではない。一家全滅、スラム全滅という状況を市内の至る所で引き起こしつつあるところがこれまでの死と違っていた。保健所はさすがにこの状況を察知した。察知はしたが、しかし、なす術はなかった。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　保健所員のシェーカル・アンバトは、スラムの状況を調査してみようと決心した。今まで誰もそれをしようとはしなかった。スラムの状況を知ったところで、何ができるかという思いもある。それ以上に不可触民がどうなろうが知ったことではなかった。シェーカル・アンバトは抗生剤を飲んで、一人スラムに向かった。同僚は皆、冷ややかだった。それは、彼らが利己的であるとか、冷血であるとかということではない。これが、アーリア民族が何千年も遡る遥か昔、この地域に侵入しカースト制度を作り上げて以来のこの国の根幹的な社会のありかたなのだ。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　日本には「蛇蝎のように嫌う」という言葉がある。蛇やさそりを嫌う感情は極めて自然なものだ。彼らの不可触民への感情は、その自然さと同じ種類のものなのである。ヒューマニズムの観点からは唾棄すべきものだが、インドの社会制度に自然に組み込まれ、生まれ落ちた時から身に付いてしまっている習慣はあまりに自然でいかんともしようがない。この地に侵入したアーリア民族が地生えのドラビダ民族を始めとする諸民族の上に君臨し、民族の混交を避ける社会制度を敷いたことが、現代インドの悲劇の始まりとなった。日本は、豊葦原瑞穂の国の時代以前に、民族混交が済んでしまっているという、幸せな国である。応神天皇は実は侵略者であったとか、出雲の国は実は異民族の国であったとか、全ては神話の中の寝物語としか聞こえない幸せが日本人にはあるのだ。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　保健所員は、スラムには何の関心もなかった。しかし、中にはシェーカル・アンバトのような人間も出てくる。人間は多様なものだ。シェーカルはスラムに近付くにつれて異様な腐臭が流れて来ているのを嗅ぎ取った。なまじな臭ではない。死が日常的なこの地域でも、余りに異常な臭気であった。シェーカルは臭の根源を求めてハンカチで鼻を押さえながら足を進めた。スラムのバラックからは誰も出てこない。狭い路地のあちこちには糞便が垂れ流しになっている。この国の半数以上の民にはトイレというものは存在しない。自然の土地がトイレなのだ。まして、ここはスラムである。この糞便は大腸菌その物の塊といっていい。それを、水もろくにない環境で手で処理し、そして普通に生活を営んでいる。そこにエボラ大腸菌が紛れ込めばどんな阿鼻叫喚の地獄が出現ことになるか。火を見るよりもあきらかだった。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　臭がますますきつくなってきた。死臭であることは、もはや判然としている。足下は湿っている。その水も臭っていた。シェーカルはしゃがみ込んで泥の中の小さな水溜まりを見た。水溜まりだと思ったものは血溜まりであった。この直径二十センチにも満たない小さな血溜まりの中では、何百兆、何千兆ものエボラ大腸菌が次の犠牲者を求めてうごめき回っていることだろう。シェーカルは身震いすると立ち上がった。土のぬめりに足を取られないようゆっくり歩き始めた。この血は間違いなく出血熱で死んだ人間から流れ出した血に違いないのだ。滑ってその中に転がり込んでエボラ大腸菌にまみれるのは、いくら抗生剤を飲んでいようとも、ごめん被りたい。地面はますます、じっとりと血を含み、路地の隅の方には一条の血の流れができている。地獄の風景もこんなものだろうと、ヒンズー教徒であるシェーカルは思った。バラックが重なり合うように林立している家々は、皆、ひっそりとしている。普通なら子供たちが騒いでいるだろう路地にはどこまで行っても人影がない。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　シェーカルは路地の角を曲がった。そこは少し空が開けている空間であった。シェーカルはその空間を見て、尻餅を付かんばかりに驚いた。そこには死んだ人間が山のように積み上げられていたのだ。インドの強い太陽の光に晒されて死体は見るも無残に腐敗しつつあった。臭の根源はここであった。子供たちの姿が見えないはずである。ここに居たのだ。エボラ大腸菌は、まず免疫の弱い子供たちを襲ったのである。ナチのアウシュビッツ収容所のユダヤ人大虐殺の現場を見ているような思いにシェーカルは駆られた。あそこでは、ユダヤ人の大量の死体を穴を掘って埋めたが、ここでは、山のように積み上げられている。火葬や水葬にするにも、この量ではままならないのだろう。そもそも葬式を営むべき大人も高熱でうなされていて、それどころではないのだ。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　近代ヨーロッパ・ヒューマニズムを教養として持つシェーカル・アンバトでさえ、さすがにバラックの中の様子を見に入る勇気はなかった。抗生剤を飲んでいても、感情的な恐怖は拭えなかった。彼は今にも嘔吐しそうな口元をハンカチで押さえて、早足でスラムを抜け出た。このスラムの状態を放置すれば、その影響はスラムだけで収まるわけがないのだ。彼らを救う事が、取りも直さず、上級カーストをも救う事になる。ここがこんな有様では、周辺の他のスラムも似たようなものだとシェーカルは思った。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　バクダッド共和国は大腸菌にエボラウィルスの遺伝子を埋め込んだが、それは、キリスト教徒よりも、ヒンズー教徒に致命的打撃を与える仕掛けであったとは、サブウ首相やハルブ参謀長どころか、生命科学の専門家のイブティカール国立総合研究所所長ですら思い至っていなかっただろう。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　シェーカル・アンバトは、保健所に帰り着くと、所長にスラムの惨状を報告した。あの状況をほっておけば、スラムはエボラ大腸菌製造工場と化し、そこから瞬く間にチェンナイ全市に広がっていくだろう。糞便は地面に垂れ流しなのだから、それは止めようがない。一刻も早く、不可触民を含めた全市民に抗生剤を投与しなければ、バクダッド共和国がアメリカ合衆国に企んだその状況が、何の関わりもないインドで逸早く現出することになる。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　シェーカルの説得を受け、保健所長は重い腰を上げた。不可触民のスラムがどうなろうと知ったことではないが、それが原因で上級カーストにも疫災が広がれば彼の責任にらないとも限らない。後少しで退職して年金生活に入るというところで、面倒はごめんであった。彼は、保健家族省に事態を報告し、抗生剤の供給を要請した。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　インド保健家族省はＷＨＯの通達に神経を尖らせていたので、敏感に反応した。担当官がチェンナイに飛んだ。本省の担当官はチェンナイ保健所の対応の鈍さに烈火のごとくに怒った。もともと南部のチェンナイ地方政府と北部のニューデリー中央政府の間はしっくりいっていないのだ。あれほど、ＷＨＯから注意するよう厳重な通達があったにも関わらずこのていたらくでは、今にもチェンナイは全滅しかねないではないか。本省担当官の怒りはもっともであった。担当官は直ちにチェンナイ全域を封鎖するよう、市長に要請すると同時に本省に連絡を取り、全インドの製薬会社、薬局、病院の抗生剤在庫をチェンナイに送るよう手配した。しかし、すぐにチェンナイが必要とする量にはまったく足りない事が判明した。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　一方では、チェンナイに通じる全道路、鉄道、空港、港は封鎖された。しかし、恐らく、この手配は遅すぎるだろう。一体、どこまで、この疫病は広がっていくだろうか。担当官は目も眩む思いだった。チェンナイだけではだめだと、一応の手配を終わると、彼は冷静に判断した。もう一回り大きい区域を封鎖する必要がある。彼は、本省の上長にその進言をした。軍を出動させ、半径百キロメートルの地域を封鎖する必要があると。そこからは、蟻一匹だしてはならない。長距離交通機関は直ちに止めた。空港、港湾、鉄道駅は閉鎖された。ニューデリーに向かう鉄道は二日かかって向こうに着く。その列車も途中の駅で止められそのまま隔離された。後は、人の足での移動を止めるのだ。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　インド政府は、抗生剤の供給と、軍の出動を同時に手配した。抗生剤は圧倒的に足りない。他国の援助が必要になる。しかし、もし、この事が他国に知られたら、彼らは果たして、抗生剤を送ってくれるだろうか？そのための資金もインドにはないが、それ以上に、自国に必要になるかもしれない抗生剤をインドに恵んでくれるような奇特な国があるだろうか？チェンナイの一件はすでにＷＨＯに知られている。メディアも知っている。問題は、その深刻さがここまでのものであることが知られているかであった。チェンナイの惨状を知ったら他国は抗生剤を絶対に国外に出さないだろう。大量に抗生剤を備蓄しているのはヒューマニズムを高らかに謳いあげているヨーロッパやアメリカだ。反ヒューマニズムの権化、カースト制を温存しているインドは自業自得のこの問題を自らの手で解決すれば良いのだと思うに決まっている。インド政府は、ＷＨＯに抗生剤を提供するよう要請した。ほとんど悲鳴ともいえる要請であった。&lt;br&gt;
</description>
      <dc:subject>小説</dc:subject>
    </item>
    <item>
      <title>地球最期の日28</title>
      <link>https://agehacho.asablo.jp/blog/2008/01/19/2567655</link>
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      <pubDate>Sat, 19 Jan 2008 10:44:55 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2008-01-21T21:14:57+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2008-01-19T10:50:55+09:00</dcterms:created>
      <description>第十二章&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
１&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　その朝、ラジ・ラグヴァランは気分が悪く、うまく目が覚めなかった。熱があり、口はからからに渇いていた。そのくせ、といおうか、それだからといおうか、体には汗がにじみ出ている。三日前のあれのせいだとラジは薄れる意識の下で思った。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　彼は南インド最大の都市、かつてマドラスと呼ばれていたチェンナイに住んでいる。そこの原子力発電所の原子炉の保安係長をしていた。インドの電力もご多聞に漏れず原子力をかなり使っている。これを中国のように石炭を使って濛々たる黒煙を吐きだす火力発電にしては、かつてのピッツバーグのような悲惨なことになる。煤煙のため、空からは墨汁のような雨が振り、晴天の日でも昼なお暗く自動車はヘッドライトを点して走らなければならない。かと言って石油を輸入してタービンを回す清潔な火力発電を行うには大量の石油を購入し続ける外貨がなかった。まったく、技術というものは帯に短く襷に長い物ばかりだ。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　感情的に嫌われながらも他に方法がなく、最適なオプションとして原子力発電はインド全土で十四基稼動している。昨日の点検で彼は冷却材を運ぶパイプに亀裂が入っていることに気がついた。ガイガーカウンターは放射能漏れを示して、ガリガリと音を立てていた。しかしこの程度の被爆では人体に影響はない。彼はすぐ制御室にもどり、所長にその旨を伝えた。漏れの起きたパイプへの冷却材循環ポンプは止められ、とりあえず応急補修は終わった。あとは新品のパイプに取り替えるだけだ。こんな程度の事故は事故ともいえない。生あるものいつかは滅びる。パイプだって放射能で脆弱化し、ひびくらい入るのだ。三日前のこの事故が走馬灯のようにラジの頭を駆け巡った。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　遠くで妻のマヒーマの呼ぶ声が聞こえる。救急車のサイレンも聞こえている。しかし、眠くて体がだるく、とても起き上がるどころか目を開けることさえできない。その内、体が強い力で持ち上げられた。救急隊員によってストレッチャに移されたのだ。ラジの意識が多少ともあったのはそこまでだった。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
「奥さん。いつからこんな具合なんですか？」&#13;&lt;br&gt;
　サイレンを鳴らして突っ走る救急車の中で救命救急隊員が訊いた。&#13;&lt;br&gt;
「今朝、起きたらこうなっていたのです。昨日は少しだるそうにしていたのですが、体調が悪いのかなと思う程度のものでした。ただ、三日前、発電所で少し被爆したと聞いています。でも、体に特に異常はないと先生がおっしゃっていたそうです。発電所の指定病院でみてもらったのですよ」&#13;&lt;br&gt;
「被爆というと放射能ですね？」&#13;&lt;br&gt;
「ええ、夫はそこの原子力発電所に勤めているのです」&#13;&lt;br&gt;
「じゃあ、その被爆の影響かな？」&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　ラジの目は充血し、唇や喉の粘膜はすべて異常に赤味が増していた。皮膚はあちこち打撲した時にできるのと同じような内出血を起こしている。救急車はようやく病院に到着した。救急病棟に運ばれる。しかし、朝早くなので、そこには若い当直の医師しかいなかった。彼はあきらかに経験不足であった。ラジを一目見て困惑した。[こんな症状は見た事がない。教科書にも書いてなかったぞ]と彼は思った。この患者は三日前に被爆していると救急隊員に報告を受けたが、この若い医師は放射能医療の専門家でもない。放射能がこのような症状を惹き起こすかどうかも知らなかった。しかし、救急隊員がそう言うのだからそれが原因なのだろう。放射能の専門医が来たら見てもらおうと彼は思った。取り合えずブドウ糖の点滴くらいしか、今は思いつくことがなかった。あれなら万能だ。この症状には何の効力もありそうにないが、何かもっともらしい治療をしているようには見える。一時間後、放射能の専門医が出勤してきた。彼はラジを知っていた。三日前の被爆の時も彼を診たからだ。医師は、あの程度の被爆でこのような症状が出るわけがないと首を捻った。しかし、彼の特異体質かもしれない。しばらく点滴で様子をみようということになった。原因がわからない以上、治療方針も立たなかった。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　ラジの妻は夫の側に付き添っていた。彼女は、学校にやった子供達を午後になると迎えに行かなければならないことを気にしていた。彼らの授業が終わるまでに家に戻れるだろうか。ラジとマヒーマには男の子と女の子が一人づついた。発電所で働く上級技師であるラジはカーストでも収入でも中流階級に属する。だから、子供は少なかった。男の子は中学校に、女の子は小学校に通っている。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　点滴にもかかわらず、ラジの容態は良くなっているようには見えなかった。昼食をとってしばらくすると、彼女自身も少し熱っぽくなってきた。気分も悪い。看護士に頼んで熱を計ってもらうと、三十八度あった。朝、診てもらった医師の先輩医師に診てもらったが原因はわからなかった。何であれ、外に現れた現象から内に潜む原因を推測することは非常に難しい。車のボンネットの中で微かに異音がするという現象から故障箇所などわかるものではない。車よりはるかに人間の体は複雑なのだから、体温の上昇は故障の兆候ではあっても、原因まではわからない。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
「奥さん、夕べ何か悪いものを食べませんでしたか？」&#13;&lt;br&gt;
　食中毒なら、熱より先に下痢が来るだろうなあ、と思いながらも他に聞くことも思いつかず、医師はそう訊いた。&#13;&lt;br&gt;
「いえ。特に思いつきません。いつも通りです」&#13;&lt;br&gt;
「そうでしょうねえ。とりあえず、解熱剤を出しておきましょう」&#13;&lt;br&gt;
　原因がわからなければ対症療法しかない。熱には解熱剤である。こうして、マヒーマはバッファリンの世話になることになった。&#13;&lt;br&gt;
「先生、夫はどうなんでしょうか。そろそろ子供達を学校に迎えに行かないといけないので、私も家に戻らなければならないのですけど」&#13;&lt;br&gt;
「そうですねえ。一度、戻られてもいいですよ。今の所、ご主人の容態に急変はありませんから」&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　マヒーマは一度、家に戻ることにした。が、医師の前から立ち上がる足取りが覚束なかった。薬局に薬を取りに向かったが、汗が止め処もなく出てきて、意識が時々遠ざかる。廊下の床がくるくる回り始めた。そして、どんどん床が目に近づいてきた。彼女の意識があったのはここまでであった。廊下を歩いていた看護士が、倒れたマヒーマに駆け寄ってきた。大声で他の看護士を呼び、彼女を抱え起こして、今、出てきたばかりの診察室に運び込んだ。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　先ほどの医師は彼女の様子を見て頭を抱えた。何がなんだかわからないのだ。診察室の片隅のベッドに横たえて、とりあえず点滴の準備をした。夫と同じ原因なのではないだろうか。まだ、粘膜には異常はないが、夫に引き続いて高熱で倒れたのだ。恐らく伝染性の何ものかだと考えるのが常識である。医師は二人の血液検査を行うことにした。しかし、この病院にある検査薬に引っかかる病原体は何もなかった。医師は点滴と解熱剤を与えて様子を見る以外になすすべがなかった。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　彼女は子供たちを車で迎えにいかなければと心配していたが、その心配は必要なかった。二人の子供は家に帰らなかったのだ。二人とも学校で倒れて病院に運び込まれていた。教師達は親に連絡しようと子供達の家に電話をかけ続けたが、誰も出なかった。&lt;br&gt;
</description>
      <dc:subject>小説</dc:subject>
    </item>
    <item>
      <title>地球最期の日28</title>
      <link>https://agehacho.asablo.jp/blog/2008/01/18/2566862</link>
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      <pubDate>Fri, 18 Jan 2008 22:12:21 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2008-01-18T22:13:44+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2008-01-18T22:13:11+09:00</dcterms:created>
      <description>　三十分の休息後、二人はリュドミラの部屋を出て第一会議室に向かった。そこにはすでにＮＩＨ所長、ヒト・ゲノム研究所の関係メンバー、ＣＤＣ特殊病原体研究室のメンバーが集まっていた。ＣＤＣ特殊病原体研究室のメンバーは本部のあるジョージア州アトランタから飛んできていた。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　この会議のテーマの最大の問題はエボラ大腸菌をどのようにして無毒化するかであった。菌であるから抗生剤が使える。それによって殺してしまえば当面、問題はなくなる。死んだ大腸菌は遺伝子ごと体外に排泄される。腸管出血性大腸菌Ｏ一五七の時には抗生剤の使用さえ問題視された。死んで溶けた大腸菌から毒素が大量に流れ出し、かえって危険であるという意見もあり、医療現場は混乱した。今回は、その点は安心できる。遺伝子そのものは毒ではないからだ。その遺伝子にコードされ、それによって作られる蛋白が毒性を持つのである。潜伏期が終わり、それが作られるようになるまで、残るところ四ヶ月は十分ある。ただ、その間に一株の大腸菌は天文学的数字に子孫を増やしていることだろう。環境さえ許せば、半日で一兆倍の子孫ができるのだ。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　抗生剤を用いてそれらをことごとく殺すことは不可能である。一人の人間の体の中にいる大腸菌は一掃できるかもしれない。しかし、抗生剤の投与を停止すれば、他で生き延びている大腸菌に再度感染するだろう。これはゴキブリやダニの駆除に似ている。一つの部屋を殺虫剤で駆除しただけでは、他の部屋で生き延びたものにすぐに再汚染されてしまうのだ。全部屋一斉に駆除しなければ意味がない。今の場合、全部屋は全合衆国、いや全地球ということになる。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　しかも、人だけではない。動物も含まれる。国は鎖国して、アメリカ合衆国外からの移動を禁じる必要がある。空港や港は水際作戦がある程度有効だろう。そこに到着した乗客を数日拘束し、確実に殺菌すればなんとかなる可能性はある。しかし、地続きの国境線をすべて封鎖することは不可能なことである。メキシコ国境などはもともとかなり漏れてもいる。まして、動物の移動をとめることなどできようはずもない。だから、抗生剤による駆除はできない。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　もし、これから四ヶ月にわたって抗生剤を全国民が服用するとしても、こんどは耐性菌の問題が出てくる。四ヶ月の間に抗生剤耐性菌が出てきた場合、他の有効な抗生剤に変える必要があり、その生産が間に合うかという問題がでてくる。どちらにしても全合衆国規模の問題では、どこかに漏れができるのだ。その蟻の一穴から全合衆国が地獄になる可能性がある。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　二億八千万の人間の中にはエボラ出血熱ウィルスに抵抗して生き延びる力をもつ遺伝子をもっている人間もいよう。哺乳類が、アメーバのように自身が分裂するだけの単為生殖から性生殖に進化し、遺伝子の組合わせを多様化したのはそのような生き延び作戦なのだから、その効果でアメリカ合衆国国民のほんの一部は生き延びはするだろう。しかし、大統領を始めとする政府、議会、司法の要人が全滅するかもしれない。この病魔と戦う医学界も全滅するかもしれない。アメリカ合衆国は核爆弾を全国にくまなく落とされた以上の被害を受け、世界の三流国に成り下がるだろう。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　もっと根本的な、そして蟻の一穴は蟻の一穴で終わり、そこから全体が瓦解するようなことのない方法を考える必要がある。京泉が日本に帰国して以来、ＣＤＣ特殊病原体研究室とＮＩＨの科学者達は協力してその解決に当たった。しかし既にアメリカ合衆国中に蔓延したエボラ大腸菌の駆除を行なう有効な名案は出てこなかった。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　今日までに行なわれたＣＤＣとＮＩＨの合同会議の席上、ＮＩＨの研究者が本当に抗生剤による駆除が有効でないかどうかはシミュレーションしてみる必要があると主張した。ロバートだった。全合衆国の広大な地域に広がる二億八千万の人口の感染というような大規模な問題は複雑系を構成し、人間の直感は往々にして間違うことがあるというのだ。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　コンピュータの中にアメリカ全土を仮想的に作って、二億八千万人のアバターと呼ばれるソフト的に作った人間の代理をそこに住まわせ、エボラ大腸菌に感染させ、その大腸菌が抗生剤により死滅すると同時に再感染していく世界を数学を駆使して作り出す。そして、エボラ大腸菌の再感染の速度と死滅の速度のどちらが早いか調べる必要がある。ひょっとしたら抗生剤戦法は有効かもしれない。それがロバートの主張だった。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　シミュレーションというと難しそうだが、現実の世界で何かをするのでなくコンピュータで仮にやってみることはすべてシミュレーションなのである。コンピュータの画面で行う電車の運転もそうだし。駅スパートや乗り換え案内で、札幌―博多を電車でどのように行くかを調べるのもシミュレーションである。ロバートはそのようなプログラムを作ることを主張した。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　直感的には、駆除しても駆除しても再感染する大腸菌が、意外に死滅状態に収束していくかもしれない。それに対しては異論もあった。抗生剤耐性菌が出てくるかもしれないし、耐性菌は突然変異なのだから、それに効く新たな抗生剤を探索する時間は計算できない、などである。しかし、他の対策がない以上、このシミュレーションを試すに越したことはないと言うことになった。そのプログラミングにはロバートとＮＩＨの情報技術センターのメンバーが当たる。最悪の場合、とにかく抗生剤を二億八千万人が三週間は飲み続けられる量を準備し、Ｘデーの十日前から飲み続けることにする。しかし、それだけの量の抗生剤を準備できるかどうかが、これまた大問題であった。製薬会社に協力を仰がねばならない。抗生剤は生物が分泌するものだから化学薬品のように短時間で大量に作るのはむつかしい。議論は壁に突き当たっていた。これが、京泉とリュドミラが到着するまでのＮＩＨとＣＤＣの協議の状態であった。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　この会議で、京泉は問題のエボラ大腸菌に感染するバクテリオ・ファージを作ることを提唱した。バクテリオ・ファージとは細菌に付くウィルスである。京泉の提唱するバクテリオ・ファージはエボラ大腸菌に取り付くと、自分の遺伝子をエボラ大腸菌内に注入する。そして、エボラ大腸菌に自分自身を大量にコピーさせるのである。エボラ大腸菌内はこのバクテリオ・ファージで溢れ、大腸菌は死滅する。人間がウィルスで死ぬのと同様に、細菌もウィルスで死ぬのである。その死体からあふれ出たバクテリオ・ファージはさらに他のエボラ大腸菌を攻撃するという仕組みだ。このバクテリオ・ファージは、エボラ大腸菌だけを選択的に攻撃するように設計しておく。バクテリオ・ファージの増殖力は、エボラ大腸菌の増殖力掛けるエボラ大腸菌内でコピーされる数だから、エボラ大腸菌の増殖力の何十万倍、何百万倍にもなる。最初に種となるバクテリオ・ファージを人体に注入すれば、後は自力で増えてエボラ大腸菌を殺戮する。抗生剤のように外から補給する必要がない。自力で、というより、敵である大腸菌の力で増えていくのだ。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　これが、リュドミラが京都の京泉の研究室で聞かされて、そんなことが可能なのかと思った方法であった。それができるのならＮＩＨと京泉の力の差は埋めるべくもないと、その時、彼女は思った。その彼女は、京泉の妻となり、彼の薫陶を受けて、その可能性を信じる事ができた。今では、彼女自身もそのようなバクテリオ・ファージゲノムの設計ができる。&#13;&lt;br&gt;
　この理論自体はそれほど難しいものではない。バクテリオ・ファージは細菌に感染するウィルスとして早くから知られている。問題はそのようなウィルスをどのようにして設計し、作る事ができるかであった。ウィルスは生命なのか、非生命なのか、議論は絶えないが、その中間にある存在であることは間違いない。生命に近いものを京泉は作る力をもっているのである。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　ＣＤＣやＮＩＨの科学者たちがバクテリオ・ファージの存在を知りながら問題にしなかったのは、そのようなものを人間が作る事ができるとは夢にも思っていなかったからである。しかし、今、この会議が始まるや、京泉はバクテリオ・ファージによるエボラ大腸菌駆除を提言し、その上、すでにそのためのプログラムを開発し、持参してきたというのである。会議に出席していた一堂は驚愕した。が、考えてみれば、京泉はゲノム解読の始祖である。エボラ大腸菌を選択的に死滅させるバクテリオ・ファージのゲノムくらい設計するのはわけはないのだろう。何しろ、彼は誰も読めないゲノム語が読めるのだ。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　ゲノムの合成はウィルス程度の短いものならそれほど難しいわけではない。ＮＩＨの設備でできるし、ＮＩＨの周辺に林立するゲノム関係ベンチャ企業に委託すれば大量生産も可能だ。更には、一度作れば、あとはエボラ大腸菌そのものが、半日で一兆倍の数百万倍という分裂速度で作ってくれるのである。大量生産には何の問題も無かった。&#13;&lt;br&gt;
　京泉のブリーフィングが終わると、早速、二人の作ったバクテリオ・ファージ遺伝子作成プログラムによって、ＮＩＨのＤＮＡ合成機が稼動し始めた。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　このプログラムは既に二人によって徹底したデバグとテストが行なわれていた。デバクとはコンピュータソフト独得な用語で、プログラムの間違いを見つけ出し修正することを言う。ちょうど、文章の校正のようなものである。文章を書くと、意味が通らない部分があったり、誤字脱字が起きる。プログラムというものはプログラミング言語で書かれた文章であるので、いろいろとそのような間違いがおきる。それを校正する作業をデバグというのである。&#13;&lt;br&gt;
　昔、コンピュータの一号機ができた時、スイッチを入れても動かなかった。原因を探すと、蛾のような虫がコンピュータ内部に入り込み、回路の上で死んでいた。それで回路がショートしていたのだ。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　バグとは英語で「虫」のことであり、「デ」は「取り去る」という意味である。これが語源になって、プログラムの間違いを取り去り、コンピュータが動くようにすることをデバグというようになった。日本語では直訳のまま「虫取り」という。コンピュータの用語はこうした屈折した変なものが多い。プログラムがバグなどのため、途中で動かなくなることを、「流産する」といったり、「死んだ」といったり、擬人化している用語もかなりある。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　ロバートのシュミレーションは、京泉の方法によって、もう意味が無くなっていたが、それでも選択肢は多い方が良い。それほど資金がかかるわけでもない。わざわざ中止する理由はなかった。一週間後、ロバートからＮＩＨ所長は結果の報告を受けた。そのシミュレーションによれば、抗生剤の投与によって汚染が四ヶ月以内に収束されるにはアメリカ中の製薬会社が抗生剤を全力で作っても追いつかないことが分かった。その量では全国民が汚染され、たとえ一部の人々が抗生剤によって駆除に成功しても周りから再汚染され、汚染は発散・拡大し続けるという報告であった。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　アメリカ合衆国政府は外交ルートを通じて、同盟各国政府に、この一年以内にアメリカ合衆国にその国民が大量に訪れている場合、エボラ出血熱ウィルスと同等の能力をもつ大腸菌に国中が汚染されている可能性があること、それらの国では、四ヶ月後にエボラ出血熱ウィルス遺伝子の発現が始まり、全国規模で一斉にエボラ出血熱が発生するであろうこと、エボラ大腸菌に汚染されているかどうかは、ＤＮＡチップで容易に判定でき、そのＤＮＡチップは合衆国が供給する用意があること、更に汚染が確認されれば、エボラ大腸菌駆除薬を提供する用意があること、そして、このエボラ大腸菌を作成し、それを散布したのはバクダッド共和国であることを通達し、日本、ＮＡＴＯ加盟国、クエート、サウジアラビアに軍事的協力を求めた。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　ホワイトハウスは同時に国連安全保障理事会の開催を求めた。事情を聞いた各国は震撼した。中国は十二億の人民にたったの四ヶ月でどのようにしてエボラ大腸菌駆除薬を配布するのかと頭を抱えた、この悩みは広大な領土を持ち、中国以上に効率が悪い官僚組織がはびこるロシアも同様であった。&#13;&lt;br&gt;
　アメリカ合衆国は、これら必ずしも友好的ではない国々に合衆国とその同盟国によるバクダッド共和国攻撃を認めることを条件にＤＮＡチップとエボラ大腸菌駆除薬とその散布援助を提供する用意があると伝えた。安全保障理事会メンバー国は全員その条件を呑んだ。この問題は、更に国連総会にかけられた。アメリカ合衆国には何であれとりあえず反対を国是とする国でさえ、今回は反対しなかった。エボラ出血熱の恐ろしさは映像を見れば誰しも一瞥で理解できるのである。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　ＷＨＯ＝国連世界保健機構にもこの情報は伝えられた。エボラ大腸菌駆除薬はまもなく全地球人類に渡るに十分なだけ生産できる。家畜、ペット、野生動物にさえ行き渡る量になる予定である。既に、各国政府、赤十字を通じて薬品は徐々に供給、蓄積されつつある。各国民がパニックを起こさないようよう十分な配慮をするよう要請する声明が全世界の政府に出された。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　バクテリオ・ファージは一人一人に注射するような面倒なものではない。確実に、個人に行き渡るためには錠剤の飲用が必要だが、野生動物にはこの方法は無理である。航空機から散布することになる。地球全体を消毒する大計画を実行することになるのである。&lt;br&gt;
</description>
      <dc:subject>小説</dc:subject>
    </item>
    <item>
      <title>地球最期の日27</title>
      <link>https://agehacho.asablo.jp/blog/2008/01/16/2563583</link>
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      <pubDate>Wed, 16 Jan 2008 22:03:02 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2008-01-16T22:04:29+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2008-01-16T22:04:29+09:00</dcterms:created>
      <description>第十一章&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　京都からワシントン・ダレス国際空港に下り立った京泉夫妻はその足でＮＩＨに向かった。車はリュドミラの運転するブルーバードである。茨木の家を出てから丸一日かかっている長旅で疲れていたが、そんなことは言っていられない。京泉は、この四週間、プログラム開発と同時にゲノム解読の方法をリュドミラに教えていた。そうしなければ、彼女がプログラムを作れないからだ。京泉は、彼が考えているエボラ大腸菌撲滅の方法を実現できるのは彼しかいないことを知っていた。だから、もし、自分の身に何かあれば人類はどうなるのかという恐怖を持っていたが、リュドミラにそのすべてを伝授して肩の荷をおろした。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　リュドミラは彼の妻であると同時に彼の弟子でもあった。それも極めて優秀な弟子であった。京泉は妻として、弟子としてリュドミラをこよなく愛していた。弟子としての、プログラミングの腕はリュドミラの方が彼より上であったし、妻としては、尻に半分ほど敷かれている気がしている。リュドミラは賢いからそれとあからさまには感じさせないが、なんだか結果として、いつもリュドミラの言うなりになってしまっていて、逆らえないのだ。出会いの時は、リュドミラはどこか怖々としていた。自分の方が強い立場だったような気がする。いつからこうなったのかわからないが、ふと気が付くとそうなっていた。恋人は楽しいゲームソフトのようなものであるが、それが結婚というインストールのし直し作業をして妻にバーッジョンアップするとＬＩＮＵＸのような管理ソフトに変貌してしまうのだと京泉はつくづく思った。そうは言え、京泉はリュドミラが自分より優れ、自分より強い面をもつことが嬉しく、リュドミラにああだこうだと指示されることに喜びを感じて楽しくもあった。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　リュドミラの運転するブルーバードはポトマック川を渡り、やがてＮＩＨ構内に入った。駐車場に車を置くと、京泉とリュドミラはＮＩＨ・ヒト・ゲノム研究所の有るビルディング３１に入った。ケリー所長の部屋に急ぐ。&#13;&lt;br&gt;
「ケリー、今、帰ったわ」&#13;&lt;br&gt;
「リュドミラったら。鉄砲玉のように飛び出していって、やっと帰ってきたわね。お帰り。なんだかまた一層綺麗になったわねえ」&#13;&lt;br&gt;
　リュドミラは新妻の美しさを発散していた。女性のケリーでさえ、彼女の美しさが際立っていることが分かるほどだ。&#13;&lt;br&gt;
「教授。わざわざ再度合衆国にお出で頂き、どうもありがとうございました。それに、リュドミラがお世話になりました」&#13;&lt;br&gt;
　ケリー・ヒト・ゲノム研究所所長は少し遅れて入って来た京泉に挨拶した。ケリーの部屋の近くまでくると、リュドミラは一人走って部屋に飛び込んできたのだ。&#13;&lt;br&gt;
「いえ、こちらこそ、リュドミラの件、ご配慮頂きましてありがとうございました。彼女がいなかったら、こんなに早くはプログラムの完成はできませんでした。彼女のプログラミングの腕は僕より上だということが十分に分かりましたよ」&#13;&lt;br&gt;
　京泉は腕をケリーに延ばしながら、お礼と挨拶を返した。夫のほめ言葉にリュドミラは恥ずかしそうに下を向いて微笑んでいる。ケリーは、京泉が自分に対して「ミラー博士」ではなく、「リュドミラ」と呼んでいることに気付いていた。が、四週間一緒に働いていて、もう親しい仲なのだから、そんなものかと思っただけであった。&#13;&lt;br&gt;
「ケリー、すぐに皆に説明したいの、会議の準備していただけた？」&#13;&lt;br&gt;
「ええ、三十分後に皆、集まるわ。第一会議室よ。それより、あなた方、空港から直行でしょ？一休みしたら」&#13;&lt;br&gt;
「ええ、ありがとうございます。じゃ、ちょっと部屋で休んできますね」&#13;&lt;br&gt;
　リュドミラはそう言って、横の京泉を見た。ケリーはそんなことには気が付かず、京泉をどこで休ませようかという思いで頭が一杯だった。&#13;&lt;br&gt;
「それでは、教授は、どうぞこちらのソファをお使いください。今、お飲み物でもお出ししますね」&#13;&lt;br&gt;
　ケリーは自室のスイーツの応接用のソファを手のひらで示した。京泉はリュドミラとケリーを交互に見ながら、&#13;&lt;br&gt;
「ああ、どうも。そうですねえ。でも、ちょっとリュドミラの部屋によっていきます。会議前にもう少し打ち合わせておきたいことがありますので」&#13;&lt;br&gt;
　そう言って、京泉はリュドミラの後についてケリーの部屋を出た。二人は肩を並べて十メートルほど離れたリュドミラの部屋に向かった。ケリーはドアの外に出てその二人の後姿を見送った。京泉の肩の辺りまでしかないリュドミラの耳元に身をかがめて何かをささやいている京泉と、それを聞きながら両手を口に当ててくすくす笑っているリュドミラの姿を見ながら、ケリーは肩をすくめただけだった。二人は既に夫婦になっていると知っても、別に驚きもしなかっただろう。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　リュドミラの部屋に入ると、彼女はドアを締めた。いつもは開けっ放しなのだ。リュドミラは京泉にしなだれ掛かった。京都を出てから、一度もキスをしていない。二人は接吻をかわした。彼女は合衆国の人間なのだ。常に愛の証しを必要としていた。&#13;&lt;br&gt;
「何かお飲み物作るわね。何が良い？」&#13;&lt;br&gt;
　リュドミラは京泉から体を話すと尋ねた。&#13;&lt;br&gt;
「君の作るもの」&#13;&lt;br&gt;
　いつもの京泉の返事だ。&#13;&lt;br&gt;
「はいはい」&#13;&lt;br&gt;
　リュドミラは熱いコーヒをいれてくれた。ネスカフェではあったが。この部屋にはソファなどない。リュドミラは自分の椅子に、京泉は来客用の椅子に座っている。ノックがした。&#13;&lt;br&gt;
「は～い。どうぞ」&#13;&lt;br&gt;
「なんだい、リュドミラ。今日はドアを締めて」&#13;&lt;br&gt;
　そう良いながら、ドアが開いてロバートが顔をのぞかせた。&#13;&lt;br&gt;
「あ、お客さんですか。どうも」&#13;&lt;br&gt;
「ボブ、丁度いいわ。入って。紹介するわね」&#13;&lt;br&gt;
　ロバートは、ドアを全開にしてはいって来た。&#13;&lt;br&gt;
「こちら、京大の京泉教授。知ってるわよね？」&#13;&lt;br&gt;
　紹介は目下の者、親しい者を先にする。ロバートは自分から先に紹介されるとばかり思っていたから、内心面食らった。しかも相手は大物の京泉教授だと言う。リュドミラはそんな礼儀も知らなかったのかと意外に思った。&#13;&lt;br&gt;
「こちら、ロバート。私の先輩です」&#13;&lt;br&gt;
　リュドミラは二人の間に入ってそれぞれを紹介した。二人は握手を交わした。&#13;&lt;br&gt;
「先生にお目にかかれて光栄です。今日の会議の主役でいらっしゃいますね。それに、この分野で先生の事を知らない人間はいませんよ。リュドミラが紹介の順を間違えたようで、恐縮しています」&#13;&lt;br&gt;
「あ、いえ。こちらこそよろしく。あなたのことはリュドミラからいつも聞いていましたよ」&#13;&lt;br&gt;
「リュドミラが僕のことを先生に話していたんですか？なんて言ってました？あまり良いうわさじゃないでしょ？」&#13;&lt;br&gt;
　京泉が答える前にリュドミラが口を挟んだ。&#13;&lt;br&gt;
「あのね、ボブ。それからね」&#13;&lt;br&gt;
　リュドミラは言い淀んだ。ロバートの自分に対する気持ちはよくわかっている。&#13;&lt;br&gt;
「彼は私の夫なの。私たち結婚したの。日本で」&#13;&lt;br&gt;
　ロバートは一瞬、あっけにとられたような顔になった。暫く口をきけなかった。が、すぐに立ち直った。それで、彼の紹介が先だったのだと理解した。&#13;&lt;br&gt;
「そうか、リュドミラが結婚したのか。それはおめでとう。お祝いしなくちゃあね」&#13;&lt;br&gt;
「ありがとう。でも、まだね。今度の事が済むまでは新婚旅行もお預けなの」&#13;&lt;br&gt;
「わかった。解決したら、盛大にお祝いをやろう。さて、それでは、お邪魔虫は消えるとするか。先生、それでは失礼します。リュドミラ、またね」&#13;&lt;br&gt;
　そう言って、ロバートは部屋を出て行った。傷心の思いを引きずって。&lt;br&gt;
</description>
      <dc:subject>小説</dc:subject>
    </item>
    <item>
      <title>地球最期の日26</title>
      <link>https://agehacho.asablo.jp/blog/2008/01/15/2562292</link>
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      <pubDate>Tue, 15 Jan 2008 23:21:04 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2008-01-15T23:21:49+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2008-01-15T23:21:49+09:00</dcterms:created>
      <description>２&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　一方、ＮＩＨはこの大腸菌の由来動物の検査に着手していた。この仕事にはロバートがあたっていた。リュドミラは京泉教授の応援に日本に行ってしまった。毎日何かに付け、からかっていた相手でもあり、恋しい女性でもあった。そういう相棒がいきなり自分の前から数週間とは言え、消えるということは寂しくもあったが、今は一人でやるよりしかたがない。リュドミラはエボラ大腸菌の駆除方法を研究・開発している。自分はこの災いを合衆国にもたらした犯人を挙げてやろう。彼はユタ州ソルトレイクシティにあるブリガムヤング大学でバイオ・インフォマティクスの修士号を取っていた。コンピュータと生命科学の学際領域、特にコンピュータ・サイドの仕事に彼は強かった。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　大腸菌と一口に言っても無数の変種がある。人間にしても、黒人、黄色人、白人、というような違いがあり、更にその中には民族と呼ばれる変種がある。それと同じように、大腸菌にも無数と言って良いほどの種類があり、それによって取り付く動物に好き好きがある。だから問題の大腸菌の本来の宿主である動物が分かれば、犯人である国がわかるかもしれないのだ。ロバートはコンピュータのデータベースに登録されている、膨大な動物の大腸菌遺伝子を、エボラ大腸菌の遺伝子と照合するコンピュータ用のスクリプトを書いた。スクリプトは一種のコンピュータ・プログラムである。これを使えば、人間が十年かかる照合作業を一秒もかからずに済ませることができる。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　ロバートの書いたスクリプトによって、ＩＢＭ・Ｘサーバ・３４５大規模データベースシステムがフル稼働に入った。データベース検索ソフトは京都大学情報学研究科の中村教授が開発した世界最速を誇るアルゴリズムで書かれている。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　ＩＢＭのコーポレート・カラー、ディープ・ブルーに彩られた筐体の中で、数百台のハードディスク群が咆哮を上げ、一分間に一万回転という高速で一斉にデータの照合を開始した。ハードディスク内に納められた最新のＧＭＲ磁気ヘッドはディスク表面上を十万分の一ミリ・メートルという超低高度で空力的に浮上し、目まぐるしい勢いで左右に動いてスクリプトに要求された膨大な大腸菌遺伝子データを次から次へとディスク面から読み出していく。一旦、電源が投入されるや、たとえ一部が故障しても停止することなく修理可能な、この無停止ハードディスク群、ＲＡＩＤ５のうなりが広いコンピュータルームに低く鋭く木霊する。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　二日後、ＮＩＨの巨大データベースシステムはエボラ大腸菌の遺伝子が山羊由来のものであることを突き止めた。リュドミラが発見した時はすでに犯人達によってばら蒔かれた後だから、牛肉についていたが、元々は山羊を宿主とする大腸菌であることがわかった。山羊などどこにでもいるが、犯人はバクダッド共和国と目星は付いている。問題は証拠なのだ。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　バクダッド共和国の北部、クルディスタン地区の山岳地帯には山羊が放牧されている。ラングレーにある本部から指令を受けた現地ＣＩＡエージェントはＮＡＴＯ同盟国トルコ側からイラク領クルディスタンに入った。山羊を一頭手に入れて、証拠にするためである。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　もともとこの山岳地帯はバクダッド共和国からの独立を目指すクルド人の地なのだ。「クルディスタン」という名は「クルドの国」を意味する。ここではバクダッド共和国の支配力は弱く、警備の手は十分ではない。前バクダッド政権であるフセイン・イラク政権はこの地のクルド人に対して毒ガスなど化学兵器を使用したいわくつきの地である。バクダッド政権を倒すためならと、クルド人達は喜んでＣＩＡエージェントに協力した。したがって、山羊の入手は、た易いものであった。そして、その山羊から採取された大腸菌の遺伝子特徴は、エボラ大腸菌の遺伝子特徴と完全に一致した。犯人はバクダッド共和国であった。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
３&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
「チャールズ、これをみてくれよ」&#13;&lt;br&gt;
　スーパから監視カメラの映像を借りてきて二日目の午後、遂にジェームズはビデオの中に怪しげな姿を見つけた。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
「なんだい」&#13;&lt;br&gt;
「ほら、これ。おかしいと思わないか？なんでこんなところで、この男は手をもんでいるんだ？」&#13;&lt;br&gt;
　それは一人のアラブ人が売り場の牛肉の上に手をかざし、何気ないふうに丸めた手をちょうどクルミを二、三個掌の中にもって揉むようなそぶりを見せていたのである。続いて映像を見て行くと、彼はあちこちの食品の上で同じ仕草をしていた。こうしてカメラで追って一連の行為として見ていない限り、それが怪しげな行為には見えなかった。まだ買い物時の前の、店が空いている時間で廻りに人がいないことをそれとなく確認している様子もこうして監視カメラの映像で見ているとよく分かる。&#13;&lt;br&gt;
「これだな、きっと。ちょっと、その男の顔をズームできないか？」&#13;&lt;br&gt;
　ＩＴにはまるで弱い心理学者は無理を言った。大学で学んだ心理学も機械相手には役に立たない。&#13;&lt;br&gt;
「そりゃ無理だ」&#13;&lt;br&gt;
　ジェームズは軽くいなした。微かに馬鹿にしたような口調が混じった。コンピュータ・サイエンスの専門家は、悪気はないのだが、時に素人に対してこういう態度を取ることがある。&#13;&lt;br&gt;
「どうして？」&#13;&lt;br&gt;
　チャールズは食い下がった。&#13;&lt;br&gt;
「だって、これは既に録画したものだからな。今、撮影中ならカメラのレンズを光学的にズームできるけれど、一度撮ってしまった画像をズームすることは無理だろうさ」&#13;&lt;br&gt;
「どうしてだ？デジカメでよくやるじゃないか。デジタルズーム三倍って。あれは光学ではないと聞いたぞ」&#13;&lt;br&gt;
「あのな、十ドル札持ってるか？」&#13;&lt;br&gt;
「ああ」&#13;&lt;br&gt;
「ちょっと見せてみなよ」&#13;&lt;br&gt;
「十ドルとズームと一体どういう関係があるというんだよ」&#13;&lt;br&gt;
「いいから、見せてみな」&#13;&lt;br&gt;
　チャールズはポケットから札束を取り出した。財布などという面倒なものは使わない。ジェームズもズボンのポケットから札束を引き出して一ドル札を数えている。&#13;&lt;br&gt;
「ほら」&#13;&lt;br&gt;
　チャールズが十ドル札をジェームズに渡した。&#13;&lt;br&gt;
「いいか、ここに一ドル札が十枚ある。これと交換だ」&#13;&lt;br&gt;
「ん、どういうことだい」&#13;&lt;br&gt;
「札の枚数が十倍になっただろ。嬉しいかい」&#13;&lt;br&gt;
「嬉しいわけないだろ。同じことじゃないか」&#13;&lt;br&gt;
「でも、枚数は多い。これがデジタルズームなのさ。デジタルズームでは、元が同じだから価値は増えない。同じ元手を多くというか、大きく見せるだけだ。大きくなった分、画像はぼやける。光学ズームは元手を増やすんだよ。だから、画像の鮮明さを保ったまま大きくなるんだ」&#13;&lt;br&gt;
　デジカメのデジタルズームは、拡大はできるが、その分、映像は不鮮明になる。従来のフィルムを使うカメラの場合、同じネガを手札に引き伸ばすか、四つ切に引き伸ばすかの違いと同じようなものである。四つ切りに引き伸ばせば大きくはなるが、画像はぼけて見にくくなる。それは期待するズームの効果ではないとジェームズは言いたいのである。&#13;&lt;br&gt;
「そういうことか」&#13;&lt;br&gt;
　言われてみればその通りだ。ＩＴとかディジタルとか言うから騙されてしまうだけなのである。チャールズはちょっと悔しそうだった。&#13;&lt;br&gt;
　これが、夫婦の間の場合、喧嘩になるかもしれない。たいていの夫は妻に対して「お前は馬鹿か。そんなことできるわけないだろ」という具合だからだ。ＩＴは、コンピュータ未亡人という現象を産み出して久しい。夫がコンピュータに夢中になって妻を構わなくなってしまう困った社会現象だ。妻は夫がありながら、コンピュータに夫を取られて未亡人になったも同然という皮肉である。「亭主元気で留守がいい」日本ではアメリカと違って、むしろ好ましい現象だと思われている節がある。&#13;&lt;br&gt;
　しかし、今や、妻もコンピュータに触る時代になった。それで、夫に使い方を聞くと、「お前は馬鹿か」だ。これでは、コンピュータ未亡人現象どころか、家庭争議やコンピュータ離婚現象がおきかねない。パソコンは物騒な機械なのである。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
「とにかく、この男を移民帰化局の外国人入国者データベースで探そう。顔も何とかわかるから、時間の問題だ」&#13;&lt;br&gt;
　チャールズは先輩だけに、すぐに立ち直って、次のアクション・プランを立てた。&#13;&lt;br&gt;
　ジェイムズは顔の類似度を計測するソフトを使った。コンピュータによる顔の処理の研究はＣＭＵのカナデ教授が世界の第一人者だ。ジェイムズはイェールにいた時、彼のソフトを使ったことがある。監視カメラの映像の顔を自動的に切り出し、それをそのソフトの入力データとして、移民帰化局のデータベースに登録されているアラブ人の写真と照合するのだ。似ている顔の人物が自動的に洗い出される。そうして何百万人から、数百人の候補に絞りだされるだろう。最後は人間の目で一人一人確認して犯人を特定する。&#13;&lt;br&gt;
　ＦＢＩのコンピュータ群は一日で全データの照合を終えた。チャールズとジェイムズは、ソフトがはじき出した二百五十八人の犯人候補を自らの目で監視カメラに映っていた男と比べて行った。そして、遂に一人の人物にに辿り着くことができた。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　数日を経ずして、ＦＢＩは二人の特別捜査官が探し当てた一人の犯人から芋づる式に複数のバクダッド共和国のエージェント達を逮捕した。彼らは、何を意味するかは知らされず、食品売り場でスポンジを揉みしごくよう本国から指示されていた。それはエボラ大腸菌を食品の上に大量に振り掛けることになる。その後、エボラ大腸菌は自力で分裂し急速に増加していく。エージェント達自身もエボラ大腸菌に汚染されているのは言うまでもないが、彼らはそれを知らされていなかった。バクダッド本国はそんなことは意にも介していない。これは神の思し召しなのだ。彼らは半年後、喜んで天に召されていくだろう。&#13;&lt;br&gt;
　自分達の命に関わることを知った後も、エージェント達は動じなかった。彼らは、バクダッドの大統領官邸の企み通り、神の思し召しなら命を失うことも厭わなかった。問題は、それが本当に神の思し召しかどうかなのだ。誰の思し召しか分かったものではないが、信仰は人を盲目にする。というより、信仰は人に盲目であることを要求するのだ。「信仰に場所をとっておくために、知識を制限せざるを得なかった」とはあの偉大な哲学者エマニュエル・カントの言葉である。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　このエージェントたちは、牧場にも忍び込み、放牧されている牛に同様にして何物かを振り撒いた。エージェントたちは事後、そのスポンジを処理してしまっていた。従って、ＦＢＩは今となっては彼らが何をばら撒いたのかの物的証拠を得ることはできなかった。エージェントたちは当然エボラ大腸菌に汚染されているが、いまやすべてのアメリカ人が汚染されている。エボラ大腸菌に汚染されていることが、彼らが実行犯であったことの証拠にはならない。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　しかし、彼らのアジトから押収したパソコンのハードディスクから、バクダッドからのメールをかなりの量、得ることができた。暗号メールを解読した結果もハードディスクの中から見つけることができた。彼らは、削除したはずのメールや解読結果がなぜ見つけられたのか不思議がった。ジェイムズにとってみれば、削除したファイルがハードディスクに見えない形として存在していることなど初歩的な常識なのだ。バクダッド共和国のスパイ養成学校は、これからは高度なＩＴ教育の必要性に迫られるだろう。もっとも、それまで国が存続すればの話であるが。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　それらのメールは、ＮＳＡ＝国家安全保障局の傍受システム、エシュロンが過去に傍受し蓄積していた合衆国向けの全メールから裏づけを取られ、送信者、受信者のペアが再構築された。押収したパソコンと、エシュロンのどちらか片方だけでは決して解読も解明もされえない巧妙な通信方法が、こうして金庫の鍵とダイアルナンバーの両方が揃ったと同様なことになったためにあっさりと破られたのだ。加えて、彼らの秘密指令を託したメールは過去に遡って全て暴き出され、それによって暗号解読キーも見出された。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　合衆国内の全バクダッド共和国エージェントと、アラブ・テロリストグループのネットワークはこうして白日の下にさらけだされた。このＦＢＩの捜査結果と、ＮＩＨ、ＣＩＡ合同のエボラ大腸菌遺伝子捜査の結果を重ねあわせると犯人がバクダッド共和国であることはどうあがいても逃れようのない事実となった。&lt;br&gt;
</description>
      <dc:subject>小説</dc:subject>
    </item>
    <item>
      <title>地球最期の日25</title>
      <link>https://agehacho.asablo.jp/blog/2008/01/14/2559773</link>
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      <pubDate>Mon, 14 Jan 2008 11:19:56 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2008-01-14T11:21:28+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2008-01-14T11:21:28+09:00</dcterms:created>
      <description>第十章&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
１&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　リュドミラが日本にいる間、ＦＢＩとＣＩＡはアメリカ合衆国と世界をすんでのところで地獄に落とす、この状況を作った犯人を見つけるべく必死の捜査を進めていた。状況証拠は、このエボラ大腸菌散布の犯人はバクダッド共和国であることを示している。ＦＢＩは国内に潜むバクダッド共和国の破壊活動エージェントの捜査を全力を挙げて進めていた。しかし、それは容易なことではない。移民帰化局の膨大な外国人入国者データベースからバクダッド共和国のパスポート所持者、バクダッド共和国人が国籍を偽っても不自然でないアラブの国々のパスポート所持者を個々に洗っていくのは事実上不可能である。アラブ人は合衆国に何百万人いるか、考えただけでも無理筋である。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
「おい、チャールズ、こりゃ無理だぜ。アラブ人を片っ端から調べるなんて、このリスト見てくれよ」&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　ジェームズ・キャロルＦＢＩ特別捜査官は、デスクの上のパソコン端末を見ながらわめいた。ＦＢＩのパソコンはネットワークを通して、移民帰化局の外国人入国者データベースに直接にアクセスできる。あの二０００年九月十一日の貿易センタービルへのテロ事件を契機に、ＦＢＩ、ＣＩＡの捜査当局と移民帰化局の外国人入国者データベースが統合されていた。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
「そんなこと、わざわざデータベースなんかみなくったって分かっていることだろ。アラブ人など街で毎日いやというほどみているじゃないか」&#13;&lt;br&gt;
「まあね。それでも実際に確かめたかったのさ。実施検分は捜査の基本だからな」&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　結局、彼らは移民帰化局の外国人入国者データベースに登録されているアラブ人をすべて洗うことは諦めた。あまり期待できないがバクダッド共和国と以前のフセイン・イラク共和国からの入国者に絞った。外交官、留学生が主体になる。しかし、彼らは厳重に監視されていた。留学生はかつてはＦビザで入ってしまえば学校などに行かないでそのまま不法残留していた。ナイン・イレブンの貿易センタービルテロ事件以来、Ｆビザの学生は定期的に学校に出ているかどうかチェックされるようになった。しかし、最初から不法残留を意図しているなら入国と同時に行方をくらませてしまえばそれだけのことである。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　チャールズとジェームズはそのようなバクダッド共和国人の追跡調査を始めた。その結果、十六人のバクダッド共和国人が入国後、消えていることが分かった。移民帰化局には写真も登録されていた。しかし、彼らはすべて、バイオ・メトリクス認証対応のパスポートが要求される以前に入国していた。もう、相当長い間、合衆国に住み、陰のように溶け込んでいる。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
「写真は手に入るが、これが本物かどうかは怪しいものだ。アラブ人の顔なんてみな同じにみえるからな。奴らはナイン・イレブンのずっと以前に入国している。フセイン政権の時からだな。そのまま今のバクダッド共和国のエージェントになっているんだろう」&#13;&lt;br&gt;
「フセインが倒れた時にやめたんじゃないのか」&#13;&lt;br&gt;
　チャールズが疑問をはさんだ。&#13;&lt;br&gt;
「いや、それじゃ食えなくなる。それに、彼らにとっては政権以上にアラブ・テロリストとしてのアイデンティティが大きいさ」&#13;&lt;br&gt;
「その十六人を洗うか？」&#13;&lt;br&gt;
「無理だろう。地下に潜っているさ。まじめに大学でお勉強しているはずがない。もう、いいおっさんになってるしな」&#13;&lt;br&gt;
「そうだなあ。じゃあ、一応、この写真をあちこちのＦＢＩ支局に送って手配するだけはしておくかな」&#13;&lt;br&gt;
　ジェームズはデータ・ベースで彼らの写真を見ながら言った。&#13;&lt;br&gt;
「そうしよう。我々は、ワシントンＤＣ周りのスーパをあたろう。一年前のビデオが残っているとは思えないけどな」&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　チャールズ・ブルーム、ジェームズ・キャロルの二人のＦＢＩ特別捜査官は、スーパーの監視カメラに映っている不審人物がいないか、それから手をつけることにした。世界最大のスーパーマーケット、ウォルマートに協力を要請した。過去、一年以内の食品売り場を監視しているビデオ映像を片っ端から調べるのだ。彼らは手近なウォルマートを訪問した。買い物時間から外れているので店内は空いていた。近くの端のレジで暇そうにしている女の子にチャールズは声をかけた。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
「やあ。今日は。店長室はどこ？」&#13;&lt;br&gt;
「いらっしゃいませ。店長室なら、そこですけど」&#13;&lt;br&gt;
　女の子の指す方向にドアがあった。&#13;&lt;br&gt;
「ありがとう」&#13;&lt;br&gt;
　二人は店長室に向かう。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　しかし、そこで分かったことは、案の定、テープは多くても数日分しかないことだった。同じテープを上書きして使いまわしているのだ。それはそうだろう。広い店内のあちこちにある監視カメラから吐き出されてくる毎日の映像を全部、テープに貯めていたら商品を置く場所がなくなりそうだ。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　それでも、二人は根気にワシントンＤＣ周辺のスーパを廻って歩いた。しかし、過去一年のテープなどはどこも取っているところはなかった。もう、七時だ。日はとっくに暮れている。二人はＦＢＩワシントンＤＣ支局に戻って今日の記録を纏めると、それぞれに家路についた。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　ジェームズは帰りがけにいつものスーパに寄った。ふと、その中規模のスーパにも監視カメラがあることに気がついた。期待はできないが、ダメ元でやってみよう。彼はレジを済ませると、係りの女の子に訊いた。名は知らないが、もう顔なじみになっている。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
「今晩は、店長室、どこだったっけ？」&#13;&lt;br&gt;
「その野菜売り場の奥よ」&#13;&lt;br&gt;
　そばかすを少し目の周りに散らした可愛いレジ係りは指差して教えた。&#13;&lt;br&gt;
「ありがとう」&#13;&lt;br&gt;
　ジェームズは手を振って店長室に向った。&#13;&lt;br&gt;
　店長は若かった。ジェームズと同じ世代だろう。&#13;&lt;br&gt;
「今日は。私はＦＢＩ特別捜査官ジェームズ・キャロルという者です」&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　ジェームズはそういいながらＦＢＩの身分証を胸ポケットから取り出して見せた。店長は驚いた。こんななんでもないスーパにＦＢＩが来るなんて前代未聞のことだ。アル・カポネのような凶悪なギャングか、ナイン・イレブン・テロの犯人なんか、匿った覚えはないぞと思った。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
「店長のダンです」&#13;&lt;br&gt;
　店長はそう言いながら手を差し出した。軽く握手を交わす。&#13;&lt;br&gt;
「つかぬことをお聞きしますが、おたくは監視カメラを付けておいでですね？」&#13;&lt;br&gt;
　それが何か連邦捜査局が出てこないといけない程の大きな罪になるのかと、ダンは怖気づいた。最近はプライバシーとやらがやたらとうるさい。が、ウォルマートにも監視カメラがあることをすぐに思い出して安心した。&#13;&lt;br&gt;
「はあ、付けていますが」&#13;&lt;br&gt;
「そのテープは何日分くらい残しておられますか？」&#13;&lt;br&gt;
「テープですか？そうですねえ、使いまわしていますから、三、四日というところですか」&#13;&lt;br&gt;
「やはり、そうですか」&#13;&lt;br&gt;
「ええ、でないと、店長室はビデオテープに占領されてしまいますよ」&#13;&lt;br&gt;
　ダンは笑いながら言った。&#13;&lt;br&gt;
「ありがとうございました。お手間をとらせました。いや、僕はいつも仕事の帰りにこの店を使わせてもらっているんですよ。それで、今日もカメラのことを思い出しましてね。昔の映像が残っていないかと思ったんです」&#13;&lt;br&gt;
　ジェームズの口調が、仕事から離れてくだけた調子になった。&#13;&lt;br&gt;
「昔の映像ですか？それならありますよ」&#13;&lt;br&gt;
「えっ、さっき、三、四日だと」&#13;&lt;br&gt;
「それはテープでしょ。パソコンのハードディスクの中には、もう、そうですねかれこれ二、三年分くらいあるんじゃないかな。映像をキャプチャしてあるんです」&#13;&lt;br&gt;
　ジェームズは、イェール大学のコンピュータ・サイエンス出身だ。ＩＴ用語の意味などすぐに分かった。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
「ＭＰＥＧ２くらいで圧縮してあるんですか？」&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　ＩＴの連中は変な言葉を発明するのが好きなのだ。素人と差を付けたいのだろうか。どうして、「キャプチャー」などといわずに、「録画」と素直にいえないのだろう？などと言えば、あの連中は唾を飛ばして、「キャプチャー」と「録画」の違いを半日は論じるに決まっている。その理由たるや、「白馬は馬でない」式の重箱の隅を爪楊枝でほじくるような論理なのだ。ジェームズは自分も身を置いていた世界なので、そういう時には相手に楯突かず、にっこり笑っていたほうが良いことを心得ている。「ＭＰＥＧ２」を口にしたのは、ちょっとだけ、自分には分かっているんだと、かませただけのことである。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
「いえ、エム・ペグ・ツーでは圧縮率が低いので、すぐにディスクが一杯になってしまいます。ぼくは、ＤｉｖＸにしています」&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　今度は、さすがにジェームズも沈黙した。ＤｉｖＸが何だか分からなかったからだ。ＩＴ業界はドッグ・イヤーと呼ばれる速度で動いている。犬は人間の七倍の速度で歳をとるが、ＩＴ業界の一年は一般世界の七年分だと言うことである。ジェームズは[ここのところ忙しくてコンプ・ＵＳＡにご無沙汰してるからな。毎週行っていないと時代遅れになっちゃうよ]とみずからに言い訳をした。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
「その、ディブ・エクスって何でしたっけ？」&#13;&lt;br&gt;
　素直に負けを認めた。&#13;&lt;br&gt;
「ああ、ＭＰＥＧ２の後継フォーマットですよ。ＭＰＥＧ２は映像を四十倍に圧縮しますが、僕はＤｉｖＸで三百倍に圧縮しているのです。それから、動きがない場面はお客さんがいないということですから、ソフトで自動的に落としているのです。ので、二年分の映像でも、一テラバイトはかかっていませんね。ごらんになります？」&#13;&lt;br&gt;
「ええ、是非」&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　三百倍の圧縮というのは、ＶＨＳの三倍モードと同じようなもので、言ってみたら三百倍モードだ。三百倍に圧縮すると同じハードディスクに三百倍の時間、録画できるということである。ただし、三年分の映像を見るには三年かかる。そこは変わらない。速送りにして見ないとやってられない。&#13;&lt;br&gt;
　ダンは、何台もある中から一台のパソコンの電源を入れた。&#13;&lt;br&gt;
「ＤｉｖＸは僕の趣味なんです。何かの役に立たないかと、たまたま思いついてこういうことを始めたのです。このパソコンには一年前の映像が入っています。こっちの今、動いているのが、稼動中のものです」&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　パソコンが起動した。ダンはデスクトップにあるＤｉｖＸプレイヤーのアイコンをダブルクリックした。ウィンドウズのメディア・プレイヤーより格好良い。しばらくすると、映像が現れる。あまり綺麗ではない。五回ぐらいダビングを重ねたＶＨＳのテープのようによれよれだ。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
「なにしろ、三百倍に圧縮していますからあまり綺麗ではないのですが、監視にはこれで十分なのです」&#13;&lt;br&gt;
　店内に沢山の人が行き来している様子が映し出されている。&#13;&lt;br&gt;
「これ、お借りできませんか？過去一年分で結構ですから」&#13;&lt;br&gt;
「ええ、構いませんが、ディスクを外付けにしていないのでこのままお持ちになりますか？」&#13;&lt;br&gt;
　そのパソコンは百科事典ほどの大きさのデスクトップ型である。小脇に抱えて持っていける。液晶やキーボードは自分の物を使うから本体だけ借りていけば良い。&#13;&lt;br&gt;
「ええ。そうさせてもらいます。じゃあ、借用書を書きます」&#13;&lt;br&gt;
「大丈夫ですよ。あなたを信じましょう。ジェームズさんですね」&#13;&lt;br&gt;
「そうですか。それはありがとうございます」&#13;&lt;br&gt;
「それから、そのパソコンに入っている映像は三ヶ月前までです。最近三ヶ月分が入用でしたら、こちらから抜いておきますが」&#13;&lt;br&gt;
　ダンは稼動中のパソコンを示した。&#13;&lt;br&gt;
「それはお手数かけます。よろしくお願いします」&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　ジェームズはホクホクの顔でパソコンを抱えてそのスーパを後にし、今帰ってきたばかりのＦＢＩ支局に戻って行った。彼は、今夜徹夜でその映像をみるつもりだった。速送りすれば、一晩で二週間か三週間分くらいは見られるだろう。挙動不審なアラブ人を見つければいいだけだから。そんなに集中して見ていないといけないわけではない。簡単なことだと思った。&lt;br&gt;
</description>
      <dc:subject>小説</dc:subject>
    </item>
    <item>
      <title>地球最期の日24</title>
      <link>https://agehacho.asablo.jp/blog/2008/01/13/2558287</link>
      <guid>https://agehacho.asablo.jp/blog/2008/01/13/2558287</guid>
      <pubDate>Sun, 13 Jan 2008 10:37:47 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2008-01-13T11:09:22+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2008-01-13T10:38:22+09:00</dcterms:created>
      <description>百万遍交差点：左右に走っているのが今出川通り。左奥に歩けば慈照寺・銀閣。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　農学部前からのバスがなかなか来そうもない。二人はすぐ横の百万遍の交差点に出て、四条河原町行きのバスに乗った。毎日、阪急沿線の大阪府茨木から通っているので、この道にはリュドミラも慣れ親しんでいる。しかし、リュドミラは大阪のダウンタウンには行ったことがない。茨木から、梅田とは反対方向の京都に来てはプログラミングして夜遅くに茨木に帰り着いて寝るだけという生活を送っていたからだ。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　四条で阪急電車の特急梅田行きに乗った。二人の住む茨木を通り越して、特急列車は一路梅田に向けて疾走する。関西に住む者でなければ、ＪＲ大阪駅と同じ場所にある、あの駅を阪急はなぜ梅田と呼ぶのか実に不思議なのではないだろうか。しかし、あの街は大阪市北区梅田なのであって、大阪人にはなんの不思議もない。その梅田で降りて、地下鉄御堂筋線に乗り換え、二人は心斎橋駅の一つ手前の本町駅でようやく乗り物に別れを告げた。大学を出てから一時間半ほど経っていた。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　ここから「なんば」まで一キロと七百メートルほどの間にある心斎橋筋を二時間くらいかけてウィンドウショッピングしながら歩くのだ。京泉は一人そう思っていたが、リュドミラがウィンドウショッピングだけですむかどうかは彼の知らぬところであった。彼女は伊丹に着いた時、着替えをそんなに持ってきていないからこちらで買うと言ったまま買い物どころではない二週間を送っていたのだ。ストレスも相当溜まっているに違いない。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　心斎橋筋は、何時行っても若い女性でごったがえしている。銀座や、新宿、あるいは京都の新京極や名古屋の栄とはまったく違う、商都大阪を代表する独特の雰囲気がある。狭い道のその両側には高級店からバッタ屋までひしめくように軒を連ねているのだ。玉石混交とでもいおうか。京泉は、この雰囲気が好きで、時々、ここを若い女の子達に混じって歩いて回っている。食料の安売り店でコーヒを何キロと買い込んでいくのだ。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　案の定、リュドミラの目の色が変わった。延々と続くアーケードに林立するブティック群を見てますます生き生きとしてきたのだ。アメリカにはこんな雰囲気の通りはない。京泉の手を取って、人にぶつかりそうになりながら狭い道を右の店に駆け込んだかと思うと、左の店に向かう。京泉は、リュドミラの別の一面を見た思いだった。こんなミーハだとは思っても見なかった。ロシア貴族の末裔の淑やかなお姫様だとばかり思っていたのだ。しかし、考えてみれば、バークレーでもあんなに着替えを持ってきていたのだ。その片鱗に京泉が気が付かなかったのが不覚だっただけの話である。セレンディピティを捕らえることに長けた京泉も、あれ程はっきり出ていたリュドミラの特質を見抜くことはかなわなかった。リュドミラは、二週間分のストレスを一挙に解決すべく、小物も交えていろいろなドレスを買い込んだ。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
「ねえ、祐介、これ、どう？私に似合う？」&#13;&lt;br&gt;
　リュドミラは、店先に飾ってあった洋服をかざしながら京泉に振り返って訊いた。&#13;&lt;br&gt;
「リュドミラ。これまで何着買ったの？もう、持ち切れないよ」&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
「そうねえ。でも、ここってどのお店も、とても安いのよ。アメリカではとてもこんなお値段では買えないわ。もう一着だけ。ね。だって、これ素敵なんですもの。ねえ、いいでしょ？」&#13;&lt;br&gt;
　リュドミラは甘えた目で、下から京泉を振り仰いだ。愛妻のこの目にいつも京泉は耐えられず、負けてしまう。リュドミラは学問に賢いだけではない。自分の武器の効果的使用法を良く知っているのだ。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
「いいよ。僕の持てるだけ、いくらでも買いなさい」&#13;&lt;br&gt;
　リュドミラがいなかったら、彼自身、とても、こんなところでのんびり買い物などしていられなかったのだ。これくらいのサービスは仕方がないさ、と京泉は内心諦めた。それに妻はいつまでも美しい方が良いに決まっている。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　リュドミラの買い物が済んだ時には、二人の両手は荷物で一杯になった。それをぶら下げて人込みでごったがえす心斎橋筋を道頓堀に向けて二人は歩いた。リュドミラの肩を抱いて繁華街を歩くという京泉の甘い想いは空しく、プリンセス・リュドミラの執事にでもなったような気分だった。まあ、それもいいだろう。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
「さて、お腹がすいたね。食事でもしようか」&#13;&lt;br&gt;
「ええ、私も少し疲れちゃった。お腹空いたわ」&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　リュドミラは勝手なことを言っている。&#13;&lt;br&gt;
　食い倒れの街、大阪だ。食べるところにはこと欠かない。ずぼら屋の河豚もいいし、かに道楽に行っても良いが、京泉はお好み焼きに連れて行くことにした。フィッシュもクラブも英語にあるが、お好み焼きだけは分からないだろう。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
「面白いもの食べさせてあげるからね」&#13;&lt;br&gt;
「なあに？」&#13;&lt;br&gt;
「お好み焼き」&#13;&lt;br&gt;
「オコノミヤキ？英語でどういうの？」&#13;&lt;br&gt;
「英語にはないよ。日本独特の食べ物だもの。だから連れて行ってあげるのさ。楽しみにしていなさい」&#13;&lt;br&gt;
「変なものじゃない？」&#13;&lt;br&gt;
「大阪人の好物だからね。変なものかもしれないな。でも、美味しいものだよ」&#13;&lt;br&gt;
　二人は心斎橋筋から道頓堀に入り、一軒のお好み焼き屋に立ち寄った。京泉は、いかと玉子が主体のいか玉と、えびと玉子が主体のえび玉を注文した。店員は注文をとると、ガスに火を付けて去って行った。&#13;&lt;br&gt;
「この黒いのは鉄板で、今付けた火で熱くなるからね、触って火傷しないようにね」&#13;&lt;br&gt;
　京泉はリュドミラに注意した。&#13;&lt;br&gt;
「これで何するの？」&#13;&lt;br&gt;
「もうすぐ分かるよ」&#13;&lt;br&gt;
　京泉はにやにや笑っている。異文化に接するのは自分が経験するのも、相手に経験させるのも小さな驚きが有って楽しいものだ。&#13;&lt;br&gt;
　やがて、材料が山盛りになったボールが二つやってくる。京泉はもう一度、火加減を見て顔を上げると、チュドミラがボールからキャベツを箸で摘んで口に運んでいた。&#13;&lt;br&gt;
「リュドミラ、何しているの？」&#13;&lt;br&gt;
「何って、これサラダでしょ？」&#13;&lt;br&gt;
「それはサラダじゃないよ。生で食べちゃだめだよ」&#13;&lt;br&gt;
「そうなの？ちょっと雑なサラダだなっては思ったけど」&#13;&lt;br&gt;
「これはね、これから焼くんだよ。この鉄板でね。これがお好み焼きだよ」&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　水で溶いた小麦粉はボールの底に溜まっているので、リュドミラには、キャベツやエビが混ざっているサラダに見えたのだ。京泉は、ボールの中の具を混ぜ合わせて鉄板の上に広げた。リュドミラもそれに倣う。やがて、お好み焼きがふっくらと焼けてきた。それをへらを使って裏返す。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
「これってピザなのね。日本風の」&#13;&lt;br&gt;
「そう。美味しいよ。チーズはないから、その代わりにマヨネーズやソースを付けるんだ」&#13;&lt;br&gt;
　そういって、京泉はマヨネーズとソースを少しづつ皿に置いた。&#13;&lt;br&gt;
「どっちが好き？」&#13;&lt;br&gt;
　リュドミラは今では器用に使えるようになった箸の先にそれらを付けて嘗めた。&#13;&lt;br&gt;
「どっちも美味しいわ」&#13;&lt;br&gt;
「じゃ、お好きなように」&#13;&lt;br&gt;
　京泉は焼き上がったお好み焼きをへらで切り分けてリュドミラの皿に入れてやる。&#13;&lt;br&gt;
「後は、自分の好きなように取って、それを付けて食べるんだよ」&#13;&lt;br&gt;
「ええ、ありがとう」&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　結婚してからこんなにゆっくり二人の時間を過ごしたのは初めてのことだった。京泉はうつむき加減でお好み焼きに挑戦しているリュドミラを愛しげに見守っていた。この愛すべき女性を京泉は生涯かけて幸せにしようと改めて心に誓った。&#13;&lt;br&gt;
　道頓堀から茨木までは、大学から茨木までよりかなり近くて便利だ。少しくらい遅くなってもいい。食事を終えると、二人はまたアーケードに戻って、ゆっくりと久し振りにダウンタウンの喧騒を楽しんだ。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
「祐介、ごはんよ。早く起きて」&#13;&lt;br&gt;
　翌朝、京泉はリュドミラの呼び声に目を覚まし、しぶしぶ起き上がった。子供が母親に起こされているみたいだ。時計は九時を少し回っている。&#13;&lt;br&gt;
「おはよう、リュドミラ」&#13;&lt;br&gt;
　京泉は眠そうに目をこすりながら言った。&#13;&lt;br&gt;
「おはよう、祐介。今日はちゃんと一度で起きたわね」&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　いつもは、一回起こされたくらいでは起きないのだ。テーブルには、既にリュドミラ手造りの朝食が並んでいた。キリマンジャロが良い香りを立てている。京泉のお気に入りのコーヒの一つだ。ライ麦の混じったトーストにマーガリンとブルーベリージャムが塗ってある。ブルーベリーは、毎日パソコンの画面ばかり見ている京泉の目のためである。京泉と暮らすようになって、リュドミラもそれを食べている。本当に効いているかどうかは定かではないが、一応、ブルーの色素のアントシアニンが目に良いということになっているし、何よりも美味しいので愛用している。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　リュドミラはもう、化粧も済ませて何時でも出発できる態勢だ。京泉は熟睡していてリュドミラがいつ隣から起きだして行ったかも気が付かなかった。きっと、相当早起きしたに違いなかった。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
「リュドミラ、とても綺麗だよ。何時に起きたの？」&#13;&lt;br&gt;
「なあに、それ？奇麗なことと、起きた時間が相関があるとでも言う訳？」&#13;&lt;br&gt;
「うん。それだけ長く化粧していられるからね」&#13;&lt;br&gt;
「また、そんな。お化粧なんてちょっとしかしていないわ。それより、何時に出かけるの？」&#13;&lt;br&gt;
「わかった。これ食べ終わったらすぐ出かけよう。十時前には出られるね」&#13;&lt;br&gt;
「よかった。実はね、私、六時に目が覚めちゃったの。だから祐介が早く目を覚ましてくれないかなあと、ずっと待ってたのよ」&#13;&lt;br&gt;
「ごめん、ごめん。でも、六時は無理だよ。そんなに早く起きたら運転が危ないよ」&#13;&lt;br&gt;
　京泉はリュドミラの要請にこたえるべく、そそくさと食事を済ませて朝の身嗜みを整えた。リュドミラは旅の準備の最後の点検をしている。&#13;&lt;br&gt;
「準備できたよ。いこうか」&#13;&lt;br&gt;
二人は荷物を車のトランクに積み込み、最初の目的地、法隆寺目指して走り出した。&#13;&lt;br&gt;
「最初は、どこに行くの？」&#13;&lt;br&gt;
「法隆寺はどう？もう何年たっているのかなあ。千三百年くらいは経っていると思うけど。何しろ世界最古の木造建築だからね」&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　二人は、法隆寺をゆっくりと楽しむと、次の目的地、明日香に向かった。石舞台や前方後円墳に立ち寄る。リュドミラは公園になっている円墳部分に登ったり、石舞台の中に入ったりと、溌剌としていた。古代史跡はリュドミラの知識欲を十分満足させたようだ。午後は大和を背後にし、十津川沿いの山中、羊腸の険路を通って紀伊半島を南下した。リュドミラは京泉の肩に頭を預け幸せそうにしているが、京泉は往時「箱根の山は天下の険」と謡われた道を思わせる悪路に緊張の連続であった。ようやく、山を抜け、海が前方に広がってきた。新宮だ。そこから海岸線を南下し、潮岬に立ち寄って海を一望した。ピッツバーグの内陸で育ったリュドミラにとって、三百六十度の眺望を誇る潮岬の展望台からの自然の海の眺めは、法隆寺のような文化とはまた違う意味で感動的であったようだ。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　その夜は白浜の温泉街で一泊した。宿に入ると、リュドミラは浴衣に着替えた。着物は当然ながらリュドミラには初体験だ。京泉はまず自分が着替えて手本を見せた。着物の着方は難しくないが、リュドミラは袷を左前にしていた。これでは死に装束になってしまう。それに帯が変だ。旅館の浴衣だから、本格的な帯ではないが、それでも初めてでは一人で締めるのは無理だろう。京泉は、帯を解かせると、袷せを正しく直してやった。リュドミラは立ったまま案山子のように両手を大の字に上げて、京泉の手に任せていた。いつもリュドミラに子供扱いされている京泉が、ようやく一矢報いることができた。京泉は後にまわって帯を締め終わると、手を上げているリュドミラの脇の下をくすぐっていたずらした。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
「いや、くすぐったい」&#13;&lt;br&gt;
　リュドミラは笑いながら体をよじって京泉の手から身を逃れようとした。その体を自分の方に反転させ、京泉はリュドミラを引き寄せた。二人は熱い接吻を交わす。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　ひとしきり温泉の湯に浸かった後、二人は暮れなずんでいる街中を当てもなく散策した。浴場では、京泉が着付けを手伝ってやれない。心配したが、リュドミラは一人で浴衣をちゃんと着て出てきた。何でも一度でわかる女性なのだ。街中を歩きながら、温泉街独特の雰囲気をリュドミラは満喫していた。小柄なリュドミラの浴衣姿は、上背のある白人女性の着物姿のような間延び感がなく、ブロンドの長髪に実にしっくりと似合って、行き交う人々の目を惹いた。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　翌日は紀伊半島の西海岸沿いに和歌山まで出た。さすがに、徳川御三家の城下町だけあって、なんとはなく五十五万五千石の余裕が感じられる広々とした街並であった。丘の上に聳える白壁の和歌山城を見て帰路に付き、夕方茨木のマンションに帰着した。二人の短い新婚旅行はこうして終わった。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　翌日から再び二人のプログラミングが始まった。リュドミラは天性の明るさを取り戻していた。これまで以上に能率が上がった。旅行を終えた二週間後、二人のプログラムは完成し、この新たに開発した防疫の方法をＮＩＨとＣＤＣに説明するため、二人はワシントンＤＣに旅立った。リュドミラはこの報告が終われば再度日本に帰ることになる。今度はＮＩＨ派遣の科学者ではなく純粋に京泉の妻として。が、その前にエボラ大腸菌を世界から撲滅しなければならない。&lt;br&gt;
</description>
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      <dc:subject>小説</dc:subject>
    </item>
    <item>
      <title>地球最期の日23</title>
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      <pubDate>Sat, 12 Jan 2008 21:16:09 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2008-01-12T21:16:45+09:00</dcterms:modified>
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      <description>　二週間が過ぎた頃、京泉は疲れを感じたが、リュドミラは、彼以上に疲れているように見えた。若い分、入れ込みすぎているのだろう。書いているプログラムの量は京泉の五割増しくらいある。京泉の役に立ちたいという思いが強いのだ。ちょっと頑張り過ぎているように京泉にはみえた。大型コンピュータ全盛期の昔、次世代の新モデル開発プロジェクトを起こすと、ノイローゼのため必ず自殺するプログラマーが出ると言われたものだ。そのくらい、プログラミングという知的作業は頭脳を酷使して判断力をなくさせてしまう。気晴らしに、約束していた銀閣や金閣にも行ったが、その程度ではすまないストレスがたまりつつあるようだった。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　プログラムの出来具合はリュドミラのおかげで、予定より相当進んでいた。この週末は、中休みを取ることに京泉は決めた。その方が、長丁場では全体として能率が上がるからだ。&#13;&lt;br&gt;
　金曜の昼、いつもの和食屋で昼食を食べながら彼はリュドミラにその提案をした。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
「リュドミラ、明日は土曜だね。ちょっと休みをとらないかい」&#13;&lt;br&gt;
「でも、まだ完成していないわ」&#13;&lt;br&gt;
「大丈夫だよ。君が来てくれたお陰で予定より相当早く進んでいる。あまり根を詰め過ぎると、かえって良くないよ」&#13;&lt;br&gt;
「間に合いそう？」&#13;&lt;br&gt;
「十分ね。この辺りでちょっと休んだ方が良い。君も相当疲れているように見えるよ」&#13;&lt;br&gt;
　リュドミラの美貌に変わりはないが、少し物憂げな様子がある。リュドミラは本来、太陽が輝くような律動的な美しさをもっている。なのに、今は月の女神ダイアナのような陰がある。始めてリュドミラを見る人間にはそれはそれで陰影のある美しさとしてとらえられようが、本来のリュドミラを知っている京泉には不健康に見えてしまうのだ。&#13;&lt;br&gt;
「そうね。ちょっとだけね。心配しないでね」&#13;&lt;br&gt;
「よし、明日から、ドライブしよう。短い新婚旅行だ」&#13;&lt;br&gt;
「新婚旅行？」&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　リュドミラは急に生き生きとしてきた。結婚してから、二人は大学と家の間を往復して、起きている間中プログラミングに明け暮れて過ごした。新婚旅行どころではなかったのだ。女性の彼女には辛いことかもしれない。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
「そう。この騒ぎが終わったらゆっくり、長い新婚旅行をしようね。差し当たり、前哨戦の新婚旅行だよ」&#13;&lt;br&gt;
「嬉しい」&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　板前は、急にリュドミラがはしゃぎだしたので何事かと顔を上げた。二人の会話は英語なので、意味がわからないだろうが「ハネームーン」くらいはわかったかもしれない。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　この店は、奥に座敷がいくつかあるが、基本的に京の家の作りだから細長い、いわゆる鰻の寝床の作りになっている。入り口から入ると通路の右側はカウンターだ。奥行七十～八十センチ、厚さ二十センチはあろうかという、自然樹を平らに切っただけの白木のカウンターだ。板前は、その向こう側で夜の料理の材料作りをしていた。もう、顔馴染みになっていたが、京都人は他人にあまり干渉しない。それでも、リュドミラのはしゃぎ方に驚いたのだろう。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
「よし、そうと決まったら、今日は早く切り上げよう。プログラムの切りの良いところで止めようね」&#13;&lt;br&gt;
「ええ、後、二時間もすると、一つファンクションが出来上がるわ。それで今日は止めるわね。祐介、あなたは？」&#13;&lt;br&gt;
「僕かい。僕は、もう終わりだ」&#13;&lt;br&gt;
「そんなのずるい！」&#13;&lt;br&gt;
「だって、本当なんだから。僕は、明日からの旅のスケジュールを作るよ。どこか行きたいところある？&#13;&lt;br&gt;
「ふふ～ん。あなたの行く所」&#13;&lt;br&gt;
「わかったよ。僕が決めるよ」&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　二人は昼食を終えると部屋に戻った。リュドミラは早速プログラミングを再開した。早く終わらせてしまいたいのだろう。元気が良い。すごい勢いでキーボードを叩きまくっている。だから休みは必要なのだ。京泉は、インターネットに取り付いて、明日からの小旅行の行き先を検討し始めた。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
「できたわ！」&#13;&lt;br&gt;
　後のテーブルでリュドミラが大きな声を出した。まだ、午後の二時だ。食事から帰ってきてから一時間と少ししか経っていない。さっき、後二時間はかかると言っていたが、明日からの新婚旅行を思って元気がでたのか、力を入れてやってしまったのだろう。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　プログラムと言う物は、プログラマーが一年でできるといったら、マネージャは二年かかると思っておかなければならない。発売予定のプログラムが大幅に年単位で遅れることは、パソコンが普及した今では誰でも知っている。何年か前の日本では、銀行の合併のためコンピュータシステムの統合をした時、この原則を知らない経営者が無闇に急がせたのでコンピュータはエラー続出で社会的混乱までひきおこしてしまったほどだ。プログラマーを急かせるとろくなことにならない。それなのに、リュドミラは予定より早く終えてしまった。その能力のほどがわかろうというものだ。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
「もうできたの？」&#13;&lt;br&gt;
「ええ、完璧。何度も色々なデータで試験したけどバグは出なかったわ」&#13;&lt;br&gt;
「そう、じゃ、ちょっとこちらへ来たら。一緒に行く所を探そうよ」&#13;&lt;br&gt;
　今日は秘書の左也佳が来ていないので、二人きりの夫婦水入らずなのだ。リュドミラは椅子をひきずって京泉の隣に移り、彼が見ている画面をのぞきこんだ。&#13;&lt;br&gt;
「東京はね、この件が済んだら、しょっちゅう出張でいくから、何時でも行ける。だから、出張であまり行かない所にしようと思うんだ」&#13;&lt;br&gt;
「ええ、いいわね。東京へは一緒に連れていってくださるの？」&#13;&lt;br&gt;
「君がよければね」&#13;&lt;br&gt;
「絶対行くわ」&#13;&lt;br&gt;
　リュドミラは強調した。&#13;&lt;br&gt;
「それで、中国地方に行くか紀伊半島を南下するか、それとも北陸に行くか悩んでしまっているんだ」&#13;&lt;br&gt;
「車でしょ？」&#13;&lt;br&gt;
「うん」&#13;&lt;br&gt;
「あまり遠くない方がいいわね。まだ終わってないんだから、あなたが疲れないところ」「それじゃ、紀伊半島にしよう。奈良から、大和を通って、和歌山にでよう」&#13;&lt;br&gt;
「大和って？」&#13;&lt;br&gt;
「大和ってのは、奈良や京都以前に都があったところだよ。有史近くになってからの日本の原点だね」&#13;&lt;br&gt;
「それは是非見てみたいわね。何時頃のことかしら？」&#13;&lt;br&gt;
「三世紀頃からだよ」&#13;&lt;br&gt;
「日本は結構、古いのね。合衆国なんて、まだ二百五十年も経ってないわ」&#13;&lt;br&gt;
「そりゃ、合衆国はね、新しいさ。アメリカ大陸の歴史は違うでしょ。二百五十年なんて、君達コーカシアンが勝手に言っていることじゃないかい。モンゴリアンは、はるか以前にベーリング海峡を渡って、北アメリカから南アメリカを縦断して南極圏まで行っているよ」&#13;&lt;br&gt;
「そうね。私たち欧米人は自分の尺度で物を考える癖が抜けないのよ。アメリカインディアンの歴史は有史以前にさかのぼるわね」&#13;&lt;br&gt;
「明日は、大和近辺で面白いものを見せてあげるよ。巨大な前方後円墳とか、石舞台とか。世界文化遺産の法隆寺もいかなくちゃあね」&#13;&lt;br&gt;
　京泉は一人で盛り上がっていた。リュドミラは、その京泉の肩に頭をもたれ掛かせている。本当のところ、リュドミラは京泉と居られさえすればどこでもよかった。午後のひとときがこうして二人を一時の平和に導いていった。&#13;&lt;br&gt;
「今日はこれで終えて外に出ようか。この二週間、ずっと部屋に閉じこもりきりだったからね。大阪にでも行ってみよう」&#13;&lt;br&gt;
「ええ。でも、明日の準備は？」&#13;&lt;br&gt;
「準備なんてほとんどないよ。帰ってからでいいさ」&#13;&lt;br&gt;
「そうね」&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　京泉は、リュドミラを心斎橋に連れていくつもりだった。四条河原町もいいが、心斎橋の、歩いても歩いてもなくならないあのアーケードを二人で一度歩いてみたかったのだ。部屋に閉じこもりきりだったから、リュドミラはきっとあの華やかな喧騒に満ちたストリートの雰囲気を喜ぶに違いない。&lt;br&gt;
</description>
    </item>
    <item>
      <title>地球最期の日22</title>
      <link>https://agehacho.asablo.jp/blog/2008/01/10/2554623</link>
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      <pubDate>Thu, 10 Jan 2008 20:46:42 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2008-01-10T20:48:21+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2008-01-10T20:48:21+09:00</dcterms:created>
      <description>３&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
「パソコンはこれで良いかい？デスクトップが良ければ持って来させるけど」&#13;&lt;br&gt;
　京泉はノートパソコンを自分の机の上からテーブルに移してリュドミラの前に置いた。「パソコンなどはいくらでもあるから遠慮しないでね。自分に合ったキーボードじゃないと能率が悪くなるからね」&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　リュドミラは自分のノートパソコンを持って来ているが、携帯用なので、本格的にプログラミングする時に使うには使い勝手が悪くて能率があがらないのだ。リュドミラは京泉が机の上に置いた大型のノートパソコンの蓋を開け、スイッチを入れて起動した。やがて、十五インチ液晶の上にＬｉｎｕｘのＧｎｏｍｅデスクトップ画面が現れた。Ｌｉｎｕｘはかつてのフィンランドの学生が作ったＯＳと呼ばれる基本ソフトで、安定性があり、使い易いことでコンピュータのプロや大学のようなアカディミアでは定評がある。それに只だ。様々な学術、エンターテイメント用のソフトがＭＩＴに本拠を置くＮＰＯからこれも只で提供されている。グニュと呼ばれる一連のソフトだ。リュドミラは両手の指を開きピアノの鍵盤を叩く様な仕草で、パソコンの無表情なキーを叩いて具合を見ていた。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
「ええ、これなら十分だわ。私のオフィスのと同じようなものよ」&#13;&lt;br&gt;
「じゃ、それを使ってくれるかい。その中にはプログラミングのためのツールが一式入っているからね。見ればわかると思うけど。どう？」&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　リュドミラは暫くデスクトップの上に置かれたアイコンをあちこちクリックしていた。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
「ええ、大丈夫。分かったわ。グニュのソフトばかりだから私のと同じよ」&#13;&lt;br&gt;
「じゃ、さっき説明した方針で、どの部分をプログラムしてもらうかを、これから説明するね」&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　京泉はプログラムの細部の説明を始めた。いくらＩＴ時代でも、こういう場合はパソコンの液晶より紙の方が便利だ。京泉はフールスカップに鉛筆で流れ図や数式、化学式を次々になぐり書きして行く。京泉は大勢に説明する時は黒板を使うが、一人が相手の時は、黒板ではなく紙に書くことにしている。紙に書けば記録にもなるので、もし後でリュドミラが確認したいことができた時、京泉に聞く必要がなく、それを見るだけですみ、お互いの時間が無駄にならないからだ。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　京泉はリュドミラが自分の説明をほとんど質問もなく理解して、念押しの確認をしてくるのに内心、舌を巻くばかりであった。説明を始めてから二時間が過ぎた。彼女は京泉の一通りの説明が済んだ時、既に自分のなすべきことの全貌を理解していた。そして、プログラミングを始めることができるほどになっていた。左也佳がお茶をいれて来てくれた。ちょっと舌の乾いていた京泉は美味しそうにそのお茶を飲んだ。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
「さて、もう、これで僕の説明はほぼ終わったよ。君は理解したようだね」&#13;&lt;br&gt;
「ええ。大体は。後は、プログラミングを始めて、問題が出たらその都度、聞こうかしら。それで良い？」&#13;&lt;br&gt;
「そうしよう。それが一番能率的だと思うよ」&#13;&lt;br&gt;
　京泉は両手を天井に上げて伸びをしながら、「さてと、ちょっと早いけど、ランチにいこう」と言った。&#13;&lt;br&gt;
「ええ。そうしましょう」&#13;&lt;br&gt;
　十二時にはまだ三十分ほどあるが、その方が店が空いているので、待たなくて済み能率的だ。&#13;&lt;br&gt;
「北沢さん、僕たち食事に行ってくるからね」&#13;&lt;br&gt;
「はい。行ってらっしゃいませ」&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　二人は農学部前の門から外に出ると、今出川通りを反対側に渡った。&#13;&lt;br&gt;
「この通りは今出川通りと言ってね、あっちに十分も歩けば銀閣寺があるんだよ」&#13;&lt;br&gt;
　京泉は銀閣の方向を指差しながらリュドミラに教えた。&#13;&lt;br&gt;
「銀閣寺？金閣寺と対になっている例の有名なお寺ね」&#13;&lt;br&gt;
「まあ、名前は金閣と対だね」&#13;&lt;br&gt;
「一度見てみたいわ。金閣も。金閣は金、銀閣は銀でできているんでしょ？金閣の写真はすごく綺麗だったわ」&#13;&lt;br&gt;
「はは、最初は皆、そう思うよ」&#13;&lt;br&gt;
「そう思うって、違うの？」&#13;&lt;br&gt;
「じゃ、近いうちに昼休みにでも行こうか。金閣は休みでなきゃ行くのは無理だけど、銀閣は歩いて行けるからね」&#13;&lt;br&gt;
「嬉しい。早く行きたいわ」&#13;&lt;br&gt;
「プログラムの目途が付いたら、すぐ行こう」&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　二人は、学術情報メディアセンター横にある和食の店に入った。舌を噛みそうなだけでなく、京泉などはいまだに正確な名前が覚えられないので、ただ、「メディアセンター」とだけ呼んでいる学術情報メディアセンターは大型計算機華やかかりし頃、大型計算機センターと呼ばれていた。時は移り、大型計算機とパソコンの能力差が無くなってしまったため、大学の研究者はだれもが自分の机の上に計算機を置くようになった。ノートＰＣやデスクトッピＰＣだ。共同利用の大型計算機センターは廃止の危機に直面したが、知恵を絞り時代の要請に合わせて、このように役割と名称を変えて存続することができた。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　そのメディアセンターを右に見ながら少し行くと、京泉ご贔屓の店がある。ここのランチメニューは、豪勢で安いので、京泉は来客があるといつもここに連れて来る。黒い、窓のない木製の引き戸を開けると通路が奥に延び、右側には十席ほどカウンターがある。初老の男の客が一人、入り口側の隅に座って食事をしていた。二人はカウンターの奥の隅の席に腰掛けた。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
「何が良い？」&#13;&lt;br&gt;
　メニューを見ながら京泉はリュドミラに訊いた。メニューを見ても、何が出てくるかは大体のところしか分からない。これは万国共通だ。若い頃、京泉はアメリカのメニューがサイドメニューを省略していることをしらず、いろいろ注文した揚げ句、勝手にいろいろなものが付いて来て食べきれなくて閉口した経験がある。漢字どころか日本語が分からないリュドミラに選択の余地はなかった。そもそも、翻訳できない食べ物もある。説明したって、具体的な物が出てくるまではわからない。「茶碗蒸し」など京泉には説明のしようもない。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
「あなたが注文してくださる？」&#13;&lt;br&gt;
　リュドミラは京泉に任せた。京泉はいつもの「おろしトンカツ定食」を二つ注文した。大きなトンカツに大根おろしが付いてくる。それにトンカツを付けて食べるのである。くどい油がさっぱりと感じられて実に美味い。サイドメニューは、茶碗蒸し、山盛りのキャベツ、ポテトサラダ、お新香などで、空腹の時でないと食べきれないほどだ。リュドミラは茶碗蒸しを「ジャパニーズ・プディング」だと言ってはしゃいでいた。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　午後から二人のプログラミングが始まった。リュドミラのプログラミングの腕は若く記憶が良い分、京泉を上回っていて、京泉の負担を大幅に軽減した。二人は毎日、夜遅くまでプログラミングをして過ごした。週末も休み返上でプログラミングに明け暮れた。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　そうは言え、夜遅い分、朝遅くなっては意味がない。二人は、一日七時間の睡眠は確保していた。プログラミングのような知的・精神的な仕事には脳の疲れは致命的ミスにつながる。問題が何時までたっても解決できない場合、思い切って、半日か一日、遊んでいた方が結果として早く解決することはプログラマーには良く知られている。しかし、多くのプログラマーは時間に追われて仕事をしているため、そんな悠長なことをしている心の余裕がない。結果として、余計に時間が掛かってしまうのである。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　二人は、時には、早く切り上げて帰宅する日もあった。プログラムは、小さな部分に区切って作る。小説や文書が章に分かれているようなものだ。ちょうど良い区切りのところで止めたほうが変に中途半端に続けるより能率がいい。夕方六時頃に早々と切り上げてしまうこともあった。そんな時は、リュドミラが夕食を作ってくれた。外食で良いと、京泉はいうのだが、彼女は妻としての務めも果たしたいらしい。それに、たまには料理みたいなプログラミングと違った事をした方が気晴らしになっていいのである。大学からの帰り、駅を降りると近くのスーパに寄り、料理の材料を買い込む。そんな時、京泉はリュドミラの後に従うばかりである。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
「ねえ、このエプロン覚えている？」&#13;&lt;br&gt;
　リュドミラが料理をした最初の日、家に帰ると、彼女はワインレッドのエプロンを出して来て身に付けた。胸のところにブドウの房と葉のアプリケがあしらってある。&#13;&lt;br&gt;
「君と始めてのデートでナパに行った時、買ってきたものでしょ」&#13;&lt;br&gt;
「覚えていてくれたのね」&#13;&lt;br&gt;
「君のことなら何だって覚えているよ。ホテルのレストランで睨まれた事もね」&#13;&lt;br&gt;
「もう、祐介は意地悪なんだから。あれは違うっていったでしょ」&#13;&lt;br&gt;
　リュドミラはすねて見せる。&#13;&lt;br&gt;
「ごめん。でもそのエプロン、良く似合っているよ」&#13;&lt;br&gt;
「あの時も、お店でそう言ってくれたわよ。だから、私、買っちゃったの」&#13;&lt;br&gt;
　リュドミラはそのエプロン姿でいそいそとキッチンに入った。今日は何を食べさせてもらえるのかと、京泉はインターネットで調べものをしながら頭の片隅で思った。&lt;br&gt;
</description>
      <dc:subject>小説</dc:subject>
    </item>
    <item>
      <title>地球最期の日21</title>
      <link>https://agehacho.asablo.jp/blog/2008/01/06/2547979</link>
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      <pubDate>Sun, 06 Jan 2008 14:39:32 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2008-01-06T14:40:19+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2008-01-06T14:40:19+09:00</dcterms:created>
      <description>２&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　翌日、京泉とリュドミラは大学に出る前に、大阪にあるアメリカ総領事館に立ち寄り、リュドミラの婚姻要件具備証明書を発行してもらった。それを持って茨木市役所に行き婚姻届を出した。これで二人は天下晴れて夫婦になった。証人はマンションの管理人と、親しい隣人になってもらった。署名・印鑑をもらうだけだ。彼らは快く引き受けてくれた。国際結婚と言っても、自由陣営同士ならば、手続き上では面倒なことはほとんどない。領事館か大使館さえ近くにあれば簡単である。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　急な結婚であったが、京泉は合衆国にいる弟以外は係累は誰もいないから問題はない。リュドミラは両親が健在だから、本来そうはいかない。が、リュドミラは結婚式も両親への報告も後で言いと主張した。リュドミラの両親には、いずれ謝るしかないと京泉は意を固めた。リュドミラはどちらにせよ、京泉無しではもう生きる意味がないと思っているし、京泉もそうなのだから、万が一、反対されるようなことがあったとしても、同じことなのだ。彼女は駆け落ちするというだろう。&#13;&lt;br&gt;
　&#13;&lt;br&gt;
　市役所を出ると二人は大学に向かった。阪急で河原町に出てそこから銀閣寺行きバスに乗った。農学部前で降りる。&#13;&lt;br&gt;
「おはよう」&#13;&lt;br&gt;
　京泉は、教授室のドアを開けながら秘書の北沢左也佳に声をかけた。&#13;&lt;br&gt;
「おはようございます」&#13;&lt;br&gt;
　左也佳は椅子から立ち上がって、丁寧におじぎをした。&#13;&lt;br&gt;
「こちら、ＮＩＨのリュドミラ・ミラー博士。今日から僕の仕事をしばらく手伝ってもらいますから、よろしく」&#13;&lt;br&gt;
　京泉は、後ろにいたリュドミラをドアから入れながら、左也佳に紹介した。まだ、彼女を妻とは紹介しなかった。少し照れくさかったのだ。昨日までは独身だった身であることだし。&#13;&lt;br&gt;
「初めまして、リュドミラ京泉です」&#13;&lt;br&gt;
　リュドミラは、しかし、京泉の秘密をあっさりと暴露してしまった。&#13;&lt;br&gt;
　左也佳は驚いた。昨日まで、京泉教授は独身だったはずなのだ。&#13;&lt;br&gt;
「『きょう・い・ず・み』とおっしゃいました？」&#13;&lt;br&gt;
「ええ」&#13;&lt;br&gt;
　リュドミラはにっこり微笑む。&#13;&lt;br&gt;
「先生、いつご結婚されたんですか？」&#13;&lt;br&gt;
　京泉は頭を掻きながら白状するしかなかった。&#13;&lt;br&gt;
「これと、アメリカで出会ってね。ほら、国際学会がＵＣＢであったでしょ。あの時見初めたんだよ。で、籍は今朝いれたんだ。ちょっとあわただしかったけど、これが来ちゃったものでね」&#13;&lt;br&gt;
　京泉は、さかんにリュドミラを「これ」扱いしている。心の動揺が如実に現われている。世界の権威も女の前では単なる男にすぎない。&#13;&lt;br&gt;
　リュドミラは日本語が分からないので、微笑んでいるだけだ。「これ」を知ったらきっと怒るに違いない。&#13;&lt;br&gt;
「先生、奥様にお仕事を手伝ってもらうのですか？」&#13;&lt;br&gt;
「いや、違うよ。仕事は『ＮＩＨの』リュドミラ京泉博士にやってもらうんだ。ＮＩＨ所長と話はついているんだよ」&#13;&lt;br&gt;
　京泉はいらぬ弁解をしている。&#13;&lt;br&gt;
　左也佳は口に手をあてて笑いをかみ殺していた。京泉は気さくな人柄で左也佳は普段でも緊張することはないのだが、それにしても、今日の京泉はおかしい。&#13;&lt;br&gt;
「じゃ、よろしくね」&#13;&lt;br&gt;
　京泉はそう言って、そそくさと自室に入った。リュドミラは左也佳に軽く会釈すると、「夫」の後を追う。&#13;&lt;br&gt;
「ここ使ってくれる？」&#13;&lt;br&gt;
　京泉は教授室内に置かれた来客用のテーブルを示した。&#13;&lt;br&gt;
「ごめんよ。急なことでデスクが準備できてないんだ。研究室の方にあるんだが、ここの方がいいよね？」&#13;&lt;br&gt;
「ええ。これで十分。あなたさえいれば机なんかいいの」&#13;&lt;br&gt;
　左也佳がきっと聞き耳を立てているだろうなと思いながら、京泉は微笑んだ。左也佳は本物の英文科を出ている。英語はお手の物だ。&#13;&lt;br&gt;
「それじゃ、これからの実験計画を説明するよ。座って」&#13;&lt;br&gt;
　二人はテーブルに向き合って座った。夫婦というより教授とその指導を受ける大学院生のようだった。京泉は彼のアイデアを説明した。リュドミラはそんなことが可能な物かと驚きながら説明を聞いた。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　もし、可能なら、京泉とＮＩＨの差は埋める事ができないほどのものだ。今、アメリカにこんな発想ができる科学者はいまい。考えることができないわけではないが、それは空想科学小説の中の物語のようなもので、彼らにとっては技術の裏づけがない。だからまともな科学者は誰も口には出さない。実現不可能なことを言っても仕方がない。それを京泉はまるでお茶を飲むような気軽さで話しているのだ。自分の夫となったこの人物はどんな天才なのだろうとリュドミラは改めて感激した。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
「先生、ちょっといいですか」&#13;&lt;br&gt;
　例によって橋田がノックもせずに入ってきて、スイーツの向こう側の部屋から顔を出した。&#13;&lt;br&gt;
　二人はドアの方を見た。&#13;&lt;br&gt;
「あ、すみませんお客様でしたか。研究生の方ですか？」&#13;&lt;br&gt;
「ちょうどいい。紹介しておくよ」&#13;&lt;br&gt;
　橋田は楽しそうな顔をして入ってきた。リュドミラの美しさを一目で認めたからだ。&#13;&lt;br&gt;
「すごく綺麗な方ですね。僕の部屋、机一つ空いてますよ、先生」&#13;&lt;br&gt;
　橋田は、リュドミラが新しい研究生と勝手に決めてかかっている。自分の横に置くつもりでいるらしい。年齢的にも、橋田は三歳ほど上だからぴったりではある。&#13;&lt;br&gt;
　京泉は苦笑した。&#13;&lt;br&gt;
「こちら、リュドミラ京泉。僕の妻だよ」&#13;&lt;br&gt;
　橋田は絶句した。&#13;&lt;br&gt;
「はじめまして」&#13;&lt;br&gt;
　リュドミラは立ち上がって、手を差し出した。橋田は、上着で右手をこすってから差し出す。リュドミラの手は細くて冷たくてしっとりと柔らかいと橋田は思った。&#13;&lt;br&gt;
「よろしくお願いしますね」&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　リュドミラのその冷やりとした細い手を握りながら、橋田は声がでなかった。一瞬、こんなとき英語でどういうのか、頭が真っ白になってしまったのだ。このシチュエーションでも「ハウ・ドゥーユードゥ」でいいのかな。いや、もっとスマートに決めたいなどと思ってかえって言葉に詰まってしまった。橋田は英語など幾らでも話せるが、それは同じ研究者の間の専門的な話のことだ。あるいは、親しい海外の友人との砕けた話であって、こういう半公式的な挨拶をしゃれた会話で始めるのにはなれていなかった。京泉が助け舟を出してくれた。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
「橋田君、よろしく頼むよ。これの、ここでの立場はね、僕の手伝いにＮＩＨから派遣されてきた研究者なんだよ。これからしばらく、僕の研究を手伝ってもらうことになっているんだ」&#13;&lt;br&gt;
「はい。分かりました」&#13;&lt;br&gt;
　橋田はやっと体勢を立て直した。リュドミラに向き直ると、「オケー、ドンツ・ヘジテイト・ツー・テル・ミー、イフ・ユー・エンカウンター・エニイ・トラブルス」と言った。学内のことなら、何でも面倒見てあげるよということだ。リュドミラはにっこりと微笑んでお礼を言った。&#13;&lt;br&gt;
「タンキュー・ア・ロット」」&#13;&lt;br&gt;
「じゃ、先生、これで」&#13;&lt;br&gt;
「あれ、何か僕に用じゃなかったのかい？」&#13;&lt;br&gt;
「いえ、もういいんです。大したことじゃありませんから」&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　橋田はそう言い残すと部屋を出て行った。これで、リュドミラの件は、あっという間に京泉研の全メンバーに行き渡るだろう。いちいち説明する面倒が無くて良いと、京泉は思った。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　リュドミラは、こうして公用で四週間、京都に留まることになる。地球を救うための二人の必死のプログラミングがこれから始まるのだ。&lt;br&gt;
</description>
      <dc:subject>小説</dc:subject>
    </item>
    <item>
      <title>地球最期の日20</title>
      <link>https://agehacho.asablo.jp/blog/2008/01/05/2546879</link>
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      <pubDate>Sat, 05 Jan 2008 20:45:35 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2008-01-05T21:13:17+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2008-01-05T20:47:05+09:00</dcterms:created>
      <description>伊丹空港待合室&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　午後の物憂い時刻が過ぎた頃、京泉の携帯電話が鳴った。プライベートな電話だ。ビジネスの電話は、隣の部屋にいる秘書が固定電話で受ける。必要な電話ならそれを転送してくる。ゴルフ会員権の売り込みのような電話は彼女がうまくこなして断ってくれる。携帯の番号はほんの一部の親しい者にしか教えていない。もし、京泉の外出中に秘書に緊急な電話がかかってきても秘書は決して相手に携帯の番号は教えない。相手の名前と番号を京泉に取り次ぐだけだ。それに答えることが必要だと京泉が判断すれば、京泉から改めて相手に電話をかける。原稿催促の電話なら無視する。もっとも、京泉が原稿の締め切りに遅れるということはほとんどなかったが。恩師に依頼のような命令で引き受けさせられた原稿はワシントンＤＣからの帰りのフライトの中で無事書き上げていた。こんどのような重大事の中でも彼は全力を尽くして約束は守る男なのだ。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
「はい、京泉です」&#13;&lt;br&gt;
　京泉は携帯電話に出た。&#13;&lt;br&gt;
「祐介、私。リュドミラよ」&#13;&lt;br&gt;
「リュドミラ！来てくれることになったね。今朝イーサンからＯＫの返事がきていたよ。いつ出発してくれるんだい？」&#13;&lt;br&gt;
「もう来てるの。今、成田よ」&#13;&lt;br&gt;
「ええ？もう来てるのかい？」&#13;&lt;br&gt;
「そう、これから国内線にトランスファするの。私、これからどうしたらいい？」&#13;&lt;br&gt;
「トランスファかい、じゃ伊丹に着くね？」&#13;&lt;br&gt;
「ええ、伊丹。十八時十五分着よ」&#13;&lt;br&gt;
「分かった、リュドミラ。僕は、アライバルのロビーで待っているからね。僕もこれから伊丹に行くよ。伊丹の到着ロビーだよ。いいね」&#13;&lt;br&gt;
「分かったわ。待ってて下さるのね」&#13;&lt;br&gt;
「うん。もし、万が一、僕が遅れても、動くんじゃないよ。そこで待ってるんだよ。小さなロビーだから、すぐわかるからね」&#13;&lt;br&gt;
「ええ。分かったわ」&#13;&lt;br&gt;
「じゃ、電話切るからね」&#13;&lt;br&gt;
「はい、じゃ伊丹でね」&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　京泉は電話をポケットに入れ、パソコンをシャットダウンする。これが起動と同じで何をしているのか知らないがやたらと遅いのだ。シャットダウンすれば自動的に電源も切れるからと、一度そのまま外出して翌朝出勤してきたら、シャットダウンの途中で固まって電源が入ったままだったという苦い経験をした。それ以来、京泉は確実に電源が切れるまで忍耐強く待っている。いらいらしながら待ち、ようやく電源が落ちると、すぐに席を立った。シャットダウンを面倒がっていきなりスイッチで電源を切ると、次に電源を入れたとき、運が悪ければ数十分も待たされるという非常に不幸な目にも遭う。まったく、パソコンなんてまともな技術ではないのだ。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　京泉はスイーツの連絡ドアから顔を出し、隣の部屋の秘書に声をかける。&#13;&lt;br&gt;
「北沢さん、僕、ちょっと出てくるからね。今日は戻らないから、もう帰ってもいいですよ」&#13;&lt;br&gt;
「はい。わかりました。行ってらっしゃいませ」&#13;&lt;br&gt;
　北沢左也佳は立ち上がって京泉を送り出した。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　京泉は部屋を出ると階段を駆け下りた。農学部の門を出る。このキャンパスには理学部もあって、その上、今出川通りに面した門の傍の建物はみな理学部なのに、なぜかバス停は「農学部前」だ。&#13;&lt;br&gt;
　その農学部前にある今出川通りを横断し反対の工学部側に渡り、タクシーを待つ。これが四条河原町に行く最も早い方法なのだ。京大の前のバス停でバスなど待っていたら日が暮れる。公共交通機関に見放されているようなところに京大本部はあった。大学横には、三高寮歌で「都の春に嘯けば　月こそかかれ吉田山」と歌われた吉田山があり、少し歩けば銀閣寺という観光名所があるのだが、交通の便は悪い。とはいえ、京大に限らず、京都はどこも交通の便はよくない。タクシーはすぐつかまった。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
「四条河原町。阪急の前ね」&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　伊丹に行くには四条河原町に出て阪急電車に乗る。今出川通りから河原町通りに入り、南下した。お池あたりにくると渋滞して動きが遅くなった。京泉は三条でタクシーを降りて歩くことにした。乗っていてもかかる時間は同じかもしれないがイライラするより動いていた方がいい。成田から伊丹に来るより、京都から伊丹に行く方が下手をすると時間がかかる。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　京泉は阪急河原町で特急に乗った。ここからどの経路で行こうかと悩んだ。素直な経路は阪急京都本線を南茨木で降り、伊丹空港行き大阪モノレールに乗り換える道だ。南茨木は距離的には近いのだが、特急が止まらないので不便で乗り換えに時間もかかる。モノレールがまたのろくて空港まで三十分近くもかかるのである。だから、南茨木を乗り越して、十三経由で宝塚線の蛍池に出ようか、阪急伊丹に出てタクシーを走らせようかといろいろ考えた。が、結局、一番素直な方法にした。どの道、河原町から一時間以上かかるのだ。元気のいい学生なら、蛍池に出て空港までの一キロを走って交通費を浮かせるという手もあるのだが。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　それでも何とかリュドミラの乗った飛行機よりは早く伊丹に着くことができた。しばらく広くもない到着ロビーで待っていると、やがて乗客の群れが一団となって出口から出て来た。リュドミラがいない。きっとバゲッジ・クレームでスーツケースを待っているのだろう。これは時間がかかりそうだ、と思っていたら、一団のすぐ後からリュドミラも出てきた。肩にショルダーバッグを、右手に機内持込のキャスター付きバッグを引いている。サンフランシスコの時のように沢山の衣装を持ってきたかと思っていたが、意外に軽装だ。飛び出して来たことがわかった。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　リュドミラもすぐに京泉を認めて、バッグを引きずりながら駆け寄ってきた。嬉しそうな笑顔だ。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
「やあ。びっくりしたよ。イーサンからＯＫといってきたその日じゃない。こんな早く来られるなんて」&#13;&lt;br&gt;
　リュドミラはいたずらっぽく笑っていた。&#13;&lt;br&gt;
「イーサン所長からね、ケリーに電話があった時、私、その場にいたのよ。やりとりを聞いていたらあなたが私に来てほしがっているということがわかったの。それで、ケリーが返事する前に飛び出して、すぐ空港に行ったのよ。帰ったら叱られるかもしれないわ」&#13;&lt;br&gt;
「イーサンがＯＫ出しているからいいんじゃないかな。大丈夫だよ。でも、どうしてそんな無茶したの？」&#13;&lt;br&gt;
「だって、あなたに早く会いたかったの、祐介。迷惑？」&#13;&lt;br&gt;
　リュドミラは心配そうに言った。&#13;&lt;br&gt;
「迷惑なんかであるはずないじゃないか。僕だって、君に会いたくて仕方がなかったんだよ」&#13;&lt;br&gt;
「それで呼んでくれたの？」&#13;&lt;br&gt;
「大きな声じゃいえないけどね。でも、明日からは手伝ってもらうよ。ちょっと大変なんだ。うちの若い者には言えないから僕一人でやってたからね」&#13;&lt;br&gt;
「はい。なんなりと、お手伝いさせていただきます」&#13;&lt;br&gt;
　二人は顔を見合わせて微笑んだ。&#13;&lt;br&gt;
「行こうか」&#13;&lt;br&gt;
　京泉はリュドミラのショルダーバッグを取り上げ、左肩にひっかけた。リュドミラは京泉の右腕に自分の左腕を絡めた。二人は歩き始めた。&#13;&lt;br&gt;
「ホテルはどこなの？」&#13;&lt;br&gt;
「とってないの。すぐ出てきちゃったから」&#13;&lt;br&gt;
「そうか。それでバッグが小さいんだ。そうだろうとは思ったけどね。着替えもあまり持って来てないんだね」&#13;&lt;br&gt;
「着替えって？」&#13;&lt;br&gt;
「ほら、サンフランシスコじゃ、毎日着替えてたじゃないか」&#13;&lt;br&gt;
「そりゃ、女性ですもの。でも、今回は荷造りしている暇なかったから、あまり持って来てないわ。こちらで買うわね」&#13;&lt;br&gt;
「はいはい、好きにしてください。お姫様」&#13;&lt;br&gt;
「いやな人」&#13;&lt;br&gt;
　リュドミラはすねたように言いながら左肩で京泉胸の横を押した。&#13;&lt;br&gt;
「それで、ホテルはね、いいよ、とらなくて。僕のフラットに来るかい？部屋は余ってるから」&#13;&lt;br&gt;
　「マンション」なんていったら、一万坪の豪邸に住んでいるかと間違われる。チュドミラがお姫様なら、京泉はどこかの領主かと思われてしまう。４ＬＤＫの兎小屋をマンションなんて英語で呼ぶのは日本くらいの物だ。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
「本当にいいの？お邪魔じゃない？」&#13;&lt;br&gt;
「何言ってるんだい。君が邪魔なはずないじゃないか。そのまま一生居てくれてもいいんだよ」&#13;&lt;br&gt;
　これはプロポーズだった。リュドミラもすぐそれに気付いた。&#13;&lt;br&gt;
「そんなこと言うと、本気にするわよ」&#13;&lt;br&gt;
　京泉は立ち止まった。&#13;&lt;br&gt;
「リュドミラ、僕は本気だよ。君さえよければ、もう帰らないで欲しい」&#13;&lt;br&gt;
　リュドミラも立ち止まった。京泉の方を向いて彼を見上げる。そして、そっと頷いた。空港の中で二人だけの婚約が思いもかけず成立した。&#13;&lt;br&gt;
　京泉はそれまでリュドミラが絡めていた右腕をほどくと、彼女を胸の中に抱き抱えた。リュドミラは京泉の腰に手を回した。&#13;&lt;br&gt;
「行こうか」&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　二人は再び歩き出した。ここがシャルル・ド・ゴール空港なら、郷に入れば郷に従えで、京泉もリュドミラを抱きしめて接吻を交わすことを躊躇わなかっただろうが、残念なことにここは日本だ。おまけに物見高い大阪人のうろつく土地だ。そんな危ないことはできなかった。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
「リュドミラ、疲れてるんじゃない？ワシントンＤＣから帰ってくると、僕なんかグタグタだよ」&#13;&lt;br&gt;
「ええ。少し。でも、あなたに会えて疲れもふっとんだわ」&#13;&lt;br&gt;
「夕食はどうする？どこかで食べていこうか？」&#13;&lt;br&gt;
「あまり食欲はないわ。機内で、ずっと食べ通しだもの。でもあなたはどうするの？」&#13;&lt;br&gt;
「僕は、大丈夫だよ。冷蔵庫に何かあるから」&#13;&lt;br&gt;
「いけないわ、そんなの。ちゃんとしたもの食べないと」&#13;&lt;br&gt;
　リュドミラはもうすっかり女房気分だ。世話を焼くことが好きなのだ。&#13;&lt;br&gt;
「はいはい、奥様、君の言うことには逆らいません」&#13;&lt;br&gt;
「そうよ。私の言うことはちゃんと聞くのよ。どこかで食べましょ」&#13;&lt;br&gt;
　二人は出発ロビーに上がり空港内のレストランに入った。それが一番簡単で疲れているであろうリュドミラを歩かせなくてすむ方法だった。&lt;br&gt;
</description>
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      <dc:subject>小説</dc:subject>
    </item>
    <item>
      <title>地球最期の日19</title>
      <link>https://agehacho.asablo.jp/blog/2008/01/04/2544956</link>
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      <pubDate>Fri, 04 Jan 2008 17:30:16 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2008-01-05T21:16:44+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2008-01-04T17:31:00+09:00</dcterms:created>
      <description>京大農学部前バス停&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
第九章　&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
１&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　ホワイトハウスにエボラ大腸菌事件が報告された二日後、京泉は一人、日本に帰っていた。アメリカにいても彼の研究室の設備がない。思ったようにアイデアの有効性を実験やコンピュータ・シミュレーションで確認できない。京都の研究室のサーバーにつないで基本的な実験をすることはできるが、微に入り細に入る実験は無理である。京泉は抗生剤を飲み、エボラ大腸菌を体から駆除して帰国した。日本を万が一にもエボラ大腸菌で汚染させないためである。この処置は、日本が、いまだこの菌に犯されていないことが前提であるが、実際にはそれはほとんど期待できない。日本からアメリカ合衆国へ来るビジネスマン、観光客、学生の数を思えば、日本がエボラ大腸菌に汚染されていないなどということは絵空事でしかない。京泉が抗生剤を飲んだのは気休めにすぎない。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　京泉にはエボラ大腸菌を撲滅する方法のアイデアがあった。そのアイデアを検証するために彼は日本に帰ってきたのである。これができるのは世界に自分一人しかいないかもしれない。もし自分に何かあったら、人類は中世のペスト禍のように、いやそれ以上に、大打撃をこうむるだろう。人口は半減するどころではすまない恐れがある。ザイールでエボラ禍を抑えられたのは、村ごと隔離したからであった。同じ発想で隔離するなら、地球丸ごと隔離しなければならない。そんなことをしても何の意味もないのだ。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　エボラ大腸菌撲滅のための京泉のアイデアを実行するには生命科学とコンピュータに詳しい有能な助手が必要であった。ゲノムの意味を理解していて、それに関わるコンピュータ・プログラムを書ける人材が要るのである。京泉の研究室はそのための研究室なのだから人材には事欠かない。しかし、アメリカ合衆国の極秘事項を、今の段階で橋田を始めとする研究室のスタッフに告げることはできない。彼らに協力を仰げば、目的を説明しなくても、聡い彼らはそれが何を意味するかを悟るに違いない。彼らは聡いとはいえ、安全は只だと思っている日本文化の血を濃厚に受けている。まだ、若いから京泉ほどの国際性がない。だから、京泉は自分一人でやるしかないのだ。京泉は毎日、黙々と自らプログラムを組んでいた。学生に対する講義は必要最小限しか行なっていなかった。休講が続き学生は喜んでいた。しかし、これが済んだら補講だと京泉が思っていることまで学生達は気が付いていない。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　時間は容赦なく過ぎていく。コンピュータプログラミングという作業は猛烈に時間を要する作業なのである。企業のソフトウェア工場で一人が書くプログラムは、平均して一日二十行から三十行である。Ａ４用紙一ページにも満たない。京泉は、彼が作ろうとしているエボラ大腸菌に対抗するためのゲノム処理プログラムは数百ページに及ぶだろうと踏んでいた。&#13;&lt;br&gt;
　プログラミングとは、例えば、緻密に論理構成された文章を書くことに似ている。その文章が数百ページにもなるのである。内容に論理的矛盾があってはならない。その上、一字足りとも間違いがあってはならない。ＮＡＳＡ、アメリカ航空宇宙局の金星探査衛星マリナー一号が、「,」と「.」を唯一箇所間違えた制御プログラムのために、五分後、軌道をそれ、自爆せざるをえなかったことが、かつてコンピュータの歴史にはあった。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　プログラムを作るという仕事は肉体的にも精神的にすさまじい重労働なのである。プログラミングの能力には、文章を書く能力に似て、人により百倍以上の差があると説く学者もいる。京泉は、一日で、エラー訂正も含めて三百行以上書くことができる。書くだけなら千行位は書くだろう。&#13;&lt;br&gt;
　十日後の夜、京泉は、時間の節約のため、リュドミラの力を借りることを思い立った。会いたいという個人的感情がまったくなかったといえば嘘になる。しかし、何よりも、半年の余裕のうちの一月を既に使ってしまっていたからである。京泉はイーサン・ハートＮＩＨ所長にリュドミラを彼の元に派遣してくれるよう依頼するメールを打った。昨夜のことだ。彼から三分後に返事が届いた。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　オフィスではパソコンの電源は入れっぱなしで、メールソフトは常に開かれているものだ。だから、メールを出した相手がデスクに座っていれば、メールが到着すると、電話の呼び出し音のようなチャイムや好みに応じて着メロが鳴り、リアルタイムで到着が通知される。手軽さは、携帯電話のメールと同じである。相手がメールを読んで、すぐ返事をすれば、メールでチャットができるほどである。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　イーサンからのメールには、すぐにケリーとリュドミラに相談して、リュドミラの派遣には万全を尽くすと書いてあった。日本時間で昨夜のことである。そして、今朝、京泉が出勤してメールを開くと、リュドミラを可及的速やかに日本に送ると言う返事がイーサンから来ていた。京泉がメールを出した昨夜は、向こうでは朝だから、京泉が寝ているうちに全てが決まったのだろう。それに対してお礼のメールを打ち、いつものように京泉は教授室のデスクでプログラムを組んでいた。彼はこの歳になってもまだ自分でプログラムができるのである。これは珍しいことである。大抵の情報科学の教授はプログラミングなどできなくなっている。技術的にも、肉体的にも。&lt;br&gt;
</description>
      <enclosure url="https://agehacho.asablo.jp/blog/img/2008/01/04/4f236.jpg" length="30127" type="image/jpeg"/>
      <dc:subject>小説</dc:subject>
    </item>
    <item>
      <title>地球最期の日18</title>
      <link>https://agehacho.asablo.jp/blog/2007/12/30/2536431</link>
      <guid>https://agehacho.asablo.jp/blog/2007/12/30/2536431</guid>
      <pubDate>Sun, 30 Dec 2007 11:35:45 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2007-12-30T11:37:27+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2007-12-30T11:37:27+09:00</dcterms:created>
      <description>　二人の特別捜査官は、生命科学を専攻する分子生物学科の事務室を訪れた。七、八人の事務員が思い思いに仕事をしている。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
「すみません」&#13;&lt;br&gt;
　チャールズ・ブルーム特別捜査官が入り口で事務員に声をかけた。&#13;&lt;br&gt;
「なんでしょうか？」&#13;&lt;br&gt;
　中年の女子事務員が立ち上がってやってきた。一メートル九十の長身を見上げる。&#13;&lt;br&gt;
「我々はアメリカ合衆国ＦＢＩの特別捜査官です。少し調べていることがあるのですが、ご協力願えないでしょうか」&#13;&lt;br&gt;
　二人はＦＢＩの身分証明書を提示した。&#13;&lt;br&gt;
「どのようなことでしょう？」&#13;&lt;br&gt;
「この学科に過去五年間でアラブあるいはアジア人が留学生として滞在したことはありませんか？」&#13;&lt;br&gt;
「それはありません」&#13;&lt;br&gt;
　事務員は即座に答えた。チャールズは驚いた。これからコンピュータのデータベースで過去に在籍した学生の履歴を長々と調べることになるだろうと思っていたからだ。&#13;&lt;br&gt;
「そんなに簡単に分かるものなのですか？留学生の記録を調べるようなことはしないのですか？」&#13;&lt;br&gt;
「私は、ここでもう二十年も仕事をしているのです。過去五年の留学生くらい全部頭に入っていますよ」&#13;&lt;br&gt;
「そうなのですか」&#13;&lt;br&gt;
　二人はがっかりした。結果は一言ではないか。こんな簡単なことなら電話でも済んだ。何もわざわざ大西洋を渡ってくることはなかった。&#13;&lt;br&gt;
「ありがとうございました」&#13;&lt;br&gt;
　チャールズは事務員にお礼を言った。&#13;&lt;br&gt;
「いいえ。お役に立てず残念です」&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　事務員は席に戻っていった。&#13;&lt;br&gt;
　仕方が無いので、この足でマンチェスター空港に戻り、エディンバラ大学に飛ぼうと振り返った時、ドアを開けて入って来た一人の学生風の男がいた。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　二人は、思わず立ちすくんで彼を見守った。アラブ人だったのだ。彼は学生担当のあの女性と簡単な会話を交わして立ち去っていった。その男がドアの外に出るのを待って、二人はもう一度さっきの女性に問い掛けた。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
「今の彼、アラブ人じゃないんですか？」&#13;&lt;br&gt;
「ああ、彼、アラブ人ですよ。クエートからやってきているんです」&#13;&lt;br&gt;
「さっき、アラブからの留学生はいないといってたけれど・・・。」&#13;&lt;br&gt;
「彼は学生じゃないの。留学生じゃないんですよ」&#13;&lt;br&gt;
「先生？」&#13;&lt;br&gt;
「まさか。あの歳で。彼は研究生なんですよ」&#13;&lt;br&gt;
「研究生？留学生とどうちがうんです？」&#13;&lt;br&gt;
「研究生って言うのは、大学が入学を許可している学生じゃなくて、教授方が個人的に自分の研究室に知り合いから預かっている研究者なんです。ですから、講義にはでませんし、単位も学位もとりません。私達も学生としての面倒は見ませんから、ここには記録もないんですよ」&#13;&lt;br&gt;
「それで、彼らには何のメリットがあるんですか？学位がでないんじゃあ、この大学の卒業生とは名乗れませんよね？」&#13;&lt;br&gt;
「ええ、彼らは、もう既に学位は持っているのです。大抵はどこかの大学で大学院を終えて、修士か博士の学位を持っているのです。そういう優秀な人でなければ教授も引き受けませんよ。だって、面倒じゃないですか。彼らは就職しているのですけれど、何か新しい研究を始める時に、その道の権威の教授のところで一年か、二年、勉強していくのですよ。手っ取り早いですからね」&#13;&lt;br&gt;
「で、今の彼も？」&#13;&lt;br&gt;
「ええ、そうだと思います。具体的には、ここには何の記録もないのでわかりませんけど」&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　彼女の説明によれば、大学にいる外国人は、正規の留学生だけではないという。二人は期せずして彼女の講義を聞くことになった。ようやく大学院の構造が少し理解できた。研究者になるのでなければ、学部だけで卒業してしまうから、彼らもこんなことは知らなかった。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　大学は教授の個人的な知人を研究生という名目で預かることがある。この場合、大学が学生としてとっているのではない。彼らは授業料を払わない。その代わりに教授に研究生としての経費を支払う。この金は、教授個人のポケットに入るのではなく教授の研究室の研究費になる。この「研究生」は制度になっていて大学当局が教授の研究室からその研究費の上前をはねる場合もある。制度になっている場合、研究生はほぼ登録されていることもあるから、調べることはたやすいが、そうでない場合、面倒だ。どこに誰がいるのか事務室では把握できないからである。いちいち教授にあたらなければならない。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　捜査は振り出しに戻った。留学生だけではなく、研究生も探すことになった。ユミストには該当者はいなかった。まったく、大学というところは分からない。捜査官達は愚痴をこぼしながらエディンバラは後回しにして、ワシントンＤＣへの機上の人になった。またも、ＭＩＴやＣＭＵに行く必要がある。しかし、それにしても捜査は足なのだ。もしユミストに足を運ばず、電話で問い合わせていたら、あのアラブからの研究生に出会うことはなく、この捜査はもっと長引いたか、悪くすると、迷宮に入っていたかもしれない。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　ＦＢＩ特別捜査官は再度、合衆国各地の大学に飛んだ。その結果、幾つかの大学にアラブからの研究生が来ていたことが判明した。アジア人は更に沢山いた。日本人村ができている大学もあるほどだ。「村」というには大げさだが、一つの大部屋が日本からの研究生だけに割り当てられているほどにいるのである。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　次にしなければならないことは、研究生の身元洗である。今現在の研究生は除外していい。問題は過去にある。捜査官達は丹念に大学を当たり、過去に在籍していた研究生の身元を洗っていった。二週間後、バクダッド共和国出身の人物が捜査線上にあがった。今の所、容疑者はこの人物唯一人だけだった。しかし、彼が問題の技術を持っているかどうかは分からない。バクダッド共和国内でどのような地位の人物かもわからない。次はその捜査が必要となる。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　チャールズとジェームズの二人のＦＢＩ特別捜査官はその男の面倒を見ていたＭＩＴのショー教授を尋ねた。&#13;&lt;br&gt;
「こんにちは」&#13;&lt;br&gt;
　チャールズ・ブルーム特別捜査官は研究室の入り口近くの机に座っていた若い女性に声をかけた。教授秘書だろうか？十畳くらいのその部屋には机が四つほどあちこちの方向に向いて置いてあり何人かの女性がそれぞれに仕事をしていた。&#13;&lt;br&gt;
「はい」&#13;&lt;br&gt;
　その女性は立ち上がって、開いたままのドアのところにやってきた。&#13;&lt;br&gt;
「われわれはＦＢＩ特別捜査官です。ショー教授にお目にかかりたいのですが。過去にここに在籍していた研究生の捜査をしているのです。」&#13;&lt;br&gt;
　チャールズ・ブルームは身分証明を示しながら訊ねた。&#13;&lt;br&gt;
「はい。しばらくお待ちください」&#13;&lt;br&gt;
　秘書は奥の部屋に入っていった。しばらくして戻ってくる。&#13;&lt;br&gt;
「どうぞお入りください」&#13;&lt;br&gt;
　チャールズとジェームズは秘書に案内されて教授室に入った。&#13;&lt;br&gt;
「リチャード・ショーです」&#13;&lt;br&gt;
　教授は椅子から立ち上がり、手を差し出した。&#13;&lt;br&gt;
「ＦＢＩ特別捜査官チャールズ・ブルームです。こちらはジェームズ・キャロル」&#13;&lt;br&gt;
「どうも」&#13;&lt;br&gt;
　ジェームズも手を差し出す。&#13;&lt;br&gt;
「どうぞお座りください」&#13;&lt;br&gt;
　ショー教授はソファーを示した。&#13;&lt;br&gt;
「今日、お邪魔しましたのは先生のところに三年ほど前にいました研究生に関してなのです」&#13;&lt;br&gt;
「どんな？」&#13;&lt;br&gt;
「バクダッド共和国から受け入れておられたと聞いていますが」&#13;&lt;br&gt;
「ああ、なかなか優秀な男でした。それが？」&#13;&lt;br&gt;
「彼はどんな研究をしていたのでしょうか？」&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　ショー教授の証言により、彼は研究室でゲノム解読の研究をしていたことが判明した。京泉教授の論文を読み漁り、研究室の設備を用いて追試をしていたようだ。彼は一年半前に帰国していた。状況的にはもっとも容疑が濃い人物であった。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　アジア人の方は、日本人と中国人、それに韓国人だけであった。北朝鮮からこの国に来るのは色々な外交事情を考えても無理があるのだろう。捜査はバクダッド共和国人に絞られた。ＦＢＩの捜査はここで終わった。あとはＣＩＡの領分だ。まさかバクダッド共和国警察にＦＢＩが出向いて捜査協力を依頼することなどできるはずもない。&lt;br&gt;
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